りぼんの読書ノート

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バット・ビューティフル(ジェフ・ダイヤー)

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村上春樹さんの翻訳というので手に取ってみました。「写真は雄弁」であり、「捉えられた瞬間の前後の数秒を含んでいるようだ」とする著者が、草創期のジャズ・ミュージシャンの評伝を「創造的に」描いた作品です。写真と音楽によって喚起されたイメージが、独特の「虚実の境目のギザギザ感」を生んでいるようです。マイケル・オンダーチェバディ・ボールデンを覚えているかと雰囲気の似た作品です。

それにしても、20世紀前半のジャズ・ミュージシャンたちの「損傷率」の激しさに驚愕させられます。ほとんどすべての黒人ミュージシャンが人種差別と迫害の対象となったことに加えて、警官からの殴打、アルコール依存症、薬物中毒、過酷な演奏旅行によって、心身をすり減らしていったようです。そして最後に舞っているのは、投獄、自殺、精神病院・・。著者は「ジャズという形態そのものの中に、何かが潜んでいるのではないか」とまで述べています。

「幕間」 ハリー・カーネイとアメリカ中を巡業して回るデューク・エリントンの人生は、中断することのない長いドライブにようなものだったのかもしれません。

「楽器が宙に浮かびたいと望むのなら」 そよ風のような軽く優しいテナーの音を奏でたレスター・ヤングは軍の上官から激しい迫害にあいます。

「もしモンクが橋を造っていたら」 自分がやりたいと思うことを気ままにやりながら、その行為を、独自の意志と論理を有する原則を持つ水準にまで高めたピアニストのセロニアス・モンクは、警官から指を殴打されます。

「ここはまるで降霊会のようだよ、バド」  ピアノ、ベース、ドラムスによる「ピアノ・トリオ」形式を創始して「モダン・ジャズピアノの祖」とも称されたバド・パウエルは、麻薬はやアルコールの中毒に苦しんで長い間、精神病院にぶち込まれていました。

「彼は楽器ケースを携えるように、淋しさを身の回りに携えていた」 ヨーロッパに移住して、この中では珍しく長生きしたたベン・ウェブスターは、列車で乗り合わせた乗客のためにテナーを演奏します。

「彼のベースは、背中に押しつけられた銃剣のように、人を前に駆り立てた」  人種差別に対して常に怒りを内包し、背後からベースでバンドメンバーを前に駆り出し続けたチャールズ・ミンガスは、晩年になってホワイトハウスに招かれた時には、筋萎縮性硬化症で車椅子生活になっていました。

「その二十年はただ単に、彼の死の長い一瞬だったのかもしれない」  自分自身のためだけにペットを吹き、愛撫するように楽器を奏でたチェット・ベイカーは、ヘロインに耽溺して生活保護を受けるまでに落ちぶれていきます。

「おれ以外のいったい誰が、このようにブルーズを吹けるだろう?」 白人ジャズ・ミュージシャンとして、波の上に持ち上がった赤い凧のようにブルースを奏でたアート・ペパーもまた、薬物中毒によってしばしば音楽活動の中断を余儀なくされています。

2014/7