りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

世界を変えた地図(サイモン・ウィンチェスター)

イメージ 1

オクスフォード大辞典の編纂秘話である博士と狂人や、19世紀末の世界に多くの影響を与えたクラカトアの大噴火など、科学ノンフィクション・ライターとして有名な著者の専攻は地質学です。

18世紀末から19世紀初頭にかけて活躍し、「地質学の父」と呼ばれることになるウィリアム・スミスの半生を描いた本書には、著者の専門知識がいかんなく発揮されているわけですが、本書は決して学術書ではありません。学問的には、「地層累重の法則」と「化石による地層同定法」を確立し、英国全土の「地質図」を作成した人物であることを知っておけば十分でしょう。

むしろ面白いのは、彼の人生の波乱万丈ぶりです。貧しい生まれで大学には入れなかったものの、測量技術を身につけて、当時隆盛を極めた運河掘削や炭脈調査の仕事に就いたのがキャリアの出発点。各地を測量しながら地層や化石を観察した結果が、法則の発見に結びついていきます。同じものを目にしている人はたくさんいるはずですが、聖書による年代解釈が真理とされた時代に「見出す」ことには、天才性を必要としたのでしょう。

しかし、上流階級出身でも学会関係者でもないスミスは冷遇され、設立されたばかりの英国地質学会からは無視されただけでなく、地図を剽窃されて販売されたことから破産して、刑務所に収監されてしまいます。もっとも、スミス自身にも上流階級との付き合いを意識した浪費癖もあったようですが。彼の功績が評価されるようになるのは、60才を過ぎた晩年になってのことでした。

著者の他の著作と同様、当時の社会情勢や、業績の意義と将来への影響などを多面的に描きこみ、ひとつの作品としてしあげるストーリー・テリングは巧みです。もちろん学問案内の側面もありますが、楽しく一気読みできる作品です。

2014/7