りぼんの読書ノート

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即興詩人(森鴎外/アンデルセン)

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童話作家となる前のアンデルセンが、イタリア旅行中の体験をもとに纏め上げた自伝的小説は、発表当時こそかなりの反響を呼んだとのことですが、今では日本以外では忘れられた作品になってしまったそうです。日本だけが例外となっている理由はもちろん、オリジナルを越えると言われる格調高い名訳のおかげです。

ローマのバルベリイニ広場の貧家に生まれ、幼くして母親を亡くした少年アントニオでしたが、名家ボルゲエゼの当主から詩作の才能を認められて庇護を受けます。しかし謝肉祭の夜に出会った歌姫アヌンチアタへの恋が、彼の運命を一変させてしまうのです。親友ベルナルドオとの決闘と逃亡。盗賊一味との出会い。ナポリでのサンタ夫人の誘惑。盲目の美少女ララとの出会い。小尼公フラミニアへの失恋。そして零落して死の床についたアヌンチヤタとのヴェネツイアでの再会。マリア=ララとの恋の成就・・。

確かに本書は、若きアンデルセンが芸術家としての虚栄心を乗り越えるまでの葛藤を主人公に仮託したロマン主義小説ですが、ストーリーはご都合主義的であり、イタリア観光名所案内的な要素が多分に含まれすぎているようです。

しかし、そのような近代小説としての弱点が、日本で長く読み継がれた理由になるのですから、不思議なもの。明治の文人たちは本書によって、まだ見ぬ西洋文化の香りを嗅ぎ、遠きイタリアへの憧憬を膨らませていったわけです。しかも同じ想いが、画家・安野光雅による『絵本・即興詩人』などによって、現代でも再生産されているのですから。

読みにくい雅文調の文語体ですが、声に出してみると文章の美しさを感じることができるのは、樋口一葉の作品と一緒です。

2014/2