りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

六条御息所源氏がたり3.空の章(林真理子)

イメージ 1

光源氏の生涯も「若菜」を境にして、ついに下り坂に入っていきます。皮肉なことに、朱雀院の娘である女三の宮の降嫁という「頂点」が「下降」の始まりでした。あまりにも幼稚な皇女に失望したものの、正妻の座を追われた紫の上の落胆と失望はもう取り返せません。紫の上は病に倒れてしまいます。

しかも女三の宮は、かつてのライバルで親友だった頭の中将の息子の柏木と密通して、不義の息子・薫を産んでしまうのです。なんという皮肉。義母・藤壷との不倫で生まれた実の息子の冷泉帝には親子の名乗りを果たせず、一方で妻の浮気で生まれた子を自分の息子として育てなくてはならないのですから。罪の意識から柏木が悶死しても悩みが消えるわけではありません。幼稚な女三の宮を責める林さんの口調は、本書の中で一番手厳しくなります。「愚かな女は秘密を守りきることなどできない」と。

そして最愛の紫の上が死去。あれだけ浮気を重ねた男にとってなお、彼女は別格でした。しかし自分が愛していたから、同じだけ愛されていたと思ってはいけないかもしれません。光源氏の身勝手さは、やはり紫の上を蝕んでいたのです。他の女性たちが次々と出家していった中で、もっとも強く出家を望んでいた紫の上を現世に引き留め続けたことを反省しても、もう手遅れ。

その後も光源氏はまだ数年生き続けて、手ごろな女性を口説いたりもしていますが、もはや余生にすぎません。「雲隠」の時が訪れ、語り手はこうつぶやくのです。「あの方の手をとるのは、いったい誰なのでしょうか。藤壺さまか、それとも紫の上さまなのでしょうか。が、決して私ではありますまい。あの方を見続けた私の旅はこうして終わります。それでもどうか私の名を聞いてくださいますな。ひとり狂恋の罪ゆえの地獄へと向かう卑しい女でございます」と・・。

本書を語る六条御息所の視点は、時として紫の上や明石の君などの聡明な女性の視点とも重なりながら、いつしか林さん自身の視点と合わさっていったように思えます。

2013/12