りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

世界を回せ(コラム・マッキャン)

イメージ 1

1974年8月7日の早朝。フランス人綱渡り師のフィリップ・プティは、マンハッタンのワールド・トレード・センターのツインタワーの間にワイヤーを張って、地上400メートルの高さを渡り切りました。しかし本書は彼の物語ではありません。彼への視線を共有した者たちが、一筋のワイヤーのような細い線で結びつけられた物語なのです。

貧民街に身を置いていたアイルランド出身の若い神父のコリガンは、その朝に釈放された売春婦ジャズリンを迎えに行った帰路、交通事故で死亡。追突した車に同乗していた大金持ちの娘ララは、コリガンの兄キアランに謝罪に行くことによって人生を取り戻します。

綱渡り師に110セントの罰金を言い渡した判事の妻クレアが、ベトナム戦争で亡くした息子を偲ぶ会で知り合った下層階級の黒人女性グロリアと心を通じ合わせたきっかけは、グロリアの言ったジョークでした。それがなかったらグロリアがその晩、隣家から施設に連れ出されようとしているジャズリンの娘たちを養女として迎えることなどなかったのでしょう。ここでもまた、心の綱渡り劇が起きたようです。

カリフォルニアから電話回線をハッキングしてニューヨークの通行人と公衆電話で会話する天才少年たちも、地下鉄の連結器に乗ってトンネルのタグの写真を撮る少年も、この綱渡りに触れたことで人生が変わりました。ラストで描かれる成長したジャズリンの娘の行動から、タイトルの意味が理解できます。本来なら結びつくはずもない者たちが繋がっただけでなく、過去と未来が繋がって世界は回り続けていくのです。

本書の読者は、2001年9月11日に同じツインタワーを見守った人々の間にどのようなドラマが生まれていたのか、思いを馳せずにはいられません。あの事件のことなど一言も触れられていないのですが、堕ちてゆく男ものすごくうるさくて、ありえないほど近いなどと同様の、優れた「9.11文学」が誕生しました。本書が全米図書賞を受賞したのも頷けます。

2013/10