りぼんの読書ノート

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祖母の手帖(ミレーナ・アグス)

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表紙に描かれた、黒々と豊かな髪をシニョンにまとめた美しい女性は、若いころの祖母の姿。激しい情熱の持ち主だった故に嫁ぎ遅れていた祖母は、大戦末期の1943年、サルディーニアの小村に疎開してきた祖父と愛のない結婚をしたものの、子どもには恵まれませんでした。

1950年。結石の痛みを温泉で癒すため、はじめてイタリア本土に渡った祖母は、片脚が義足の「帰還兵」と出会い、最初で最後の激しい恋に落ちるのでした。そして9ヵ月後に父親が生れます。祖母が語り続けた、短くも激しい恋の日々を聞いて育った孫娘の「わたし」は、「帰還兵」こそ祖父に違いないと信じて育ちます。

不思議な作品です。ストイックさとエロティックさを併せ持つ祖母との不思議な関係に耐え続け、祖母を支え続けた祖父の存在。祖母が亡くなったあとで見つかった、祖母が全ての思いを書き綴った「赤い縁取りのある黒い手帖」と1通の手紙が明かす意外な真実。でもそれは、ほんとうに真実なのでしょうか。読者は、語り手である「わたし」とともに、聖性と狂気と愛の迷路にうっかり踏み込んでしまったような思いを抱かされます。

原題は「石の痛み」。それは単なる結石の痛みではなく、愛の痛みのこと。ボヴァリー夫人も、アンナ・カレーニナも焼き尽くされた「愛の痛み」を包み込むには、書くことが必要だったのでしょうか。「書き続けてください」との言葉で終わる本書は、サルディーニャで高校教師を勤めるという著者が「書くこと」に捧げたオマージュであるように思えてきます。

2013/7