りぼんの読書ノート

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大空のドロテ 3(瀬名秀明)

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瀬名さんによる「ルパン像再構築」の試みである本書を理解するために、ルパン作品を12冊も読んだのですが、それだけの価値はあったと思います。本書のためというより、ルブランの「ルパン・シリーズ」自体を楽しめましたので。

さて、「ルパン最後の大事件」となった虎の牙と並行して進んできた本書は、本編とは全く違った進行となります。スペイン貴族のドン・ルイス・ペレンナの正体をルパンとした原作と異なり、この2人は外人部隊時代に盟友となった別人であると瀬名さんは言い切ります。そうでなければ、突然フロランスに執着しはじめ、最後には彼女と穏やかな引退生活をおくったという『虎の牙』のルパン像は不可解だというのですが・・。

ともあれ、本書の舞台はモーリタニアへと向かいます。ペレンナがフランスに差し出した「ルパン王国」は、本人が留守にしていた間に偽者に乗っ取られていたんですね。ルパンを名乗っていたのは、Vが手に入れたプランタジネットの秘宝から恐るべき新兵器を作り上げた天才科学者のラウールですが、ルパンの妻として彼を操っていたのはソニア。

さらに、闇の使者ともいうべきVと一心同体になっていた真の黒幕は、813でルパンに殺害されたはずのドロレス・ケッセルバッハだと言いますから驚きます。到底ドロテやジャンの手に負える相手ではありませんが、そこでルパン本人登場。かくしてモーリタニア奥地のダイヤモンド鉱山「大地の穴」で最後の死闘が繰り広げられていきます。

ソニアとドロレスに話を戻しましょう。一時はルパンの盟友として数々の冒険をともにしながら、本編では「愛に死んだ」とされ消えてしまったソニアは、ルパンがクラリス・メルジ、アンジェリク、レイモンドと愛の遍歴を重ねた間、ドロテを宿したままカリオストロ伯爵夫人と対決して犯罪組織に追われ、ルパンを憎むようになっていたというのです。確かに本編を読んでいてもソニアのことは気になっていました。

またルパンに愛されながら最強の敵となり、「冒険家(アバンチェリエ)アルセーヌ・ルパン、ここに眠る」の墓碑銘を作らせた悪女ドロレスが、再会したルパンに「山師(アバンチェリエ)からいただくのは愛ではなく、金と地位」と言い切るのも、むしろ清清しい。鉱山が崩壊する中で2人の女性は生死不明となりますが、生き延びていそうです。

さて、この物語の語り手はジョルジュ・シムノンであり、聞き手は若き日のイアン・フレミングでした。ルパンに対して「対決に勝利しても、貴様は永遠の御伽噺に閉じ込められ、未来は闇となる」との呪いの言葉を投げつけたVに対する回答は、この人選にありそうです。

つまり「作家は自分の英雄に自由を注ぎ続けるが、作家もまた自分の物語を超えて最後の瞬間まで自由に生きたい」という、書き手としての思いの継続こそが「未来を闇に閉ざさせない」ための手立てだということなのでしょう。それはまた「子どもは驚きの世界に生きている。大人たちは忘れてはいけない。かつておのれが生きた驚異の世界を」という、読み手に託した言葉と表裏一体であるようです。ドロテとジョンが「ルパンの未来」であったように・・。

2013/5