りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

幻影の都市(ル=グィン)

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著者初期の「ハイニッシュ・ユニバース・シリーズ」第3作です。

宇宙規模の始祖文明ハインの崩壊後、原始状態に戻ってしまった各惑星のひとつが「地球」でした。シングと呼ばれる存在に支配された地球の人々は、武器も通信手段も奪われ、中世のように孤立した生活をおくっています。しかもシングの正体も、誰がシングなのかもわからないんですね。「生命尊重」を絶対的な規範とし、「虚言」を武器とするという悪役グループの存在は、謎めいています。

ある日、長老ソブが治める館に不思議な青年が現れます。猫のような目を持ち、記憶も言葉も失っていた青年はフォークと名づけられ、館で世話になった後に自分のアイデンティティを求めて旅立ちます。彼が向かうのは、西のかなたにあるという、シングが直接統治する文明都市エス・トック。

ソブの館は、おそらく現在の東部アメリカのどこかですね。アメリカ大陸を横断する中でフォークは、文明の残滓を部分的に用いながらも、精神的には衰退してしまった部族や人々と出会って、この世界を認識してきます。旅の連れ合いとなった女性・エストクルと協力しながらエス・トックにたどり着くのですが、彼女はシングの放ったスパイであり、フォークの旅ははじめから監視されていたと知って愕然とするのでした。

シングたちは、フォークが異星人であることを知っていたんですね。シングたちが欲しいのは、フォークを地球に派遣した星の座標だったのです。フォークは、これまで地球で得た知識や人格を失うことと引き換えの自己回復を提案されるのですが・・。

フォークは機知によってシングたちの提案を出し抜くことに成功するのですが、本書の結論は判然としません。つまり、誰の話が真実なのかが最後までわからないのです。シングという存在は悪役であり敵であるのか、それとも異なる主義を信奉するだけの「普通の人間たち」なのか、その判断は読者に委ねられているようです。シングらに秘密を隠し通しながら故郷の星に向かったフォークが、最後までその判断を下さなかったように・・。

ロカノンの世界と同様に、ファンタジーや中世文学の設定を用いた作品ですが、深みを増しています。この次の作品が名作闇の左手になるわけですし。表紙が竹宮惠子さんの絵というのもいいですね。

2013/4