りぼんの読書ノート

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スパイ・シンカー(レン・デイトン)

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『ロンドン・マッチ』からスパイ・ラインまでの5部作は、イギリス情報局の上級職員であったフィオーナのモスクワへの偽装亡命(1983年)から帰還(1987年)までを、夫でありながら妻の亡命の真相を知らされないまま、もがき苦しむ情報局員バーナード・サムソンの視点から綴った壮大なスパイ・シリーズでした。

本書はシリーズ全編を、偽装亡命を仕掛けたブレット・レンセレイヤーとフィオーナの視点から俯瞰して再構成した作品となっています。

そもそもフィオーナの偽装亡命「シンカー作戦」とは何だったのか。著者はこれを、1989年に起こった「ベルリンの壁崩壊」を最終目的として、東ドイツの反政府団体や民主運動活動家グループへの浸透を図る作戦だったと意味づけています。まぁ「後付け」かもしれませんが、ある意味、東ドイツ崩壊の真相に迫ったフィクションを構築したということになるわけですね。

これまでのシリーズと視点が異なっていますので、バーナードが知りえなかった「真相」が随所に登場してきますが、全編を貫いているのは「フィオーナの苦悩」でしょう。夫や子どもたちまで欺いて、最上層部の3人しか知らない極秘作戦に乗り込むわけですから。その部分を埋めるためでしょうか。著者は、フィオーナとハリー・ケネディというKGBスパイとの恋愛を持ち込んできましたが、ここは少々後味が悪いかも。

一方で、バーナードの親友ベルナーが果たしていた重要な役割も明らかになります。情報局の部外者であったベルナーが、亡命後のフィオーナとのコンタクトであり、最後のアウトバーンでの銃撃戦の後始末をした暗殺者のサーケトルを射殺していたんですね。

しかし、バーナードとフィオーナの状況は前巻末から変わっていません。フィオーナの帰還を隠蔽するため、彼女は銃撃戦で死亡したとされており、2人とも社会復帰ができない状況のままなのです。その2年後に起きた「ベルリンの壁崩壊」で、彼らが果たすべき役割はなかったのでしょうか。次の3部作である「最後のスパイ」シリーズの『信義』、『希望』、『慈愛』まで読む必要がありそうです。

2013/2