物語の発端は、母親が死の間際に遺した「あたしが殺したの」との言葉の意味を探ろうという、少年の決意でした。少年が幼い頃に自動車事故で亡くなった父親の死には、隠された秘密があったのでしょうか。少年の同棲相手である37歳の女性・桂子は、その試みに反対のようだったのですが・・。
少年は、祖父の葬儀の日に父親が事故死した「富士見町」を訪れて調査を開始します。少年はそこで、ひとりでアパートの内見に訪れた女性や、元教師の老人や、強引に引き入れられた万引き集団から逃れたいと思っている子どもなどと関わります。本筋とは直接関係のない出会いでしたが、それでも少しずつ事件の真相に近づいていくのです。
そしてついに、今は嫁いでいる姉の雪生の記憶の助けも得てたどりついた真相は、少年自身を深く傷つけるものでした。少年の母親である叔生と同棲相手の桂子の間には思いもよらない関係があり、桂子もまた事件の当事者だったというのですから。
秘密は風化するものなのか。秘密とは明かされるべきものなのか。深いテーマなのに重くなりすぎないところが、森谷さんのスタイルですね。少年と別れることになった桂子ですら、贖罪を果たすことによって新しい人生に旅立ったはず・・と思えてくるほど。
ところで、語り手が桂子なのか雪生なのか、途中までわからない箇所がいくつかありました。これはもちろん作者の意図するところですね。『千年の黙(しじま)』でも、序章の語り手の正体を最後まで明かさなかったことが、物語に深みを与えていましたので。
2013/2