りぼんの読書ノート

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ブラック・アゲート(上田早夕里)

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人間の体内に卵を生み付ける新種の寄生バチを扱ったバイオSF作品です。アゲート蜂と名付けられたこの寄生バチは宿主となった人間を衰弱死させるのみならず、化学物質を分泌して宿主の脳を機能不全に陥れるというのです。確実な治療法もなく、人間社会は恐怖に陥れられてしまいます。

本書は、アゲート蜂の発生によって隔離された瀬戸内海の小島から脱出しようとする家族の物語。病院で働く事務長の暁生は、娘・陽菜の体内にこの寄生蜂の幼虫が棲息していることを知り、未認可の新薬を扱っているという本土の病院へ向かおうとするのですが、そこに立ちはだかるのは超法規行為を赦された「対策班」。

本書が描くのは、蜂の出現によって変容する人間社会のシステムや人間意識のあり方ということですね。発端はバイオSFですが、政治判断の遅れや社会体制の不備によって社会的弱者が切り捨てられ、一般大衆が不安から暴発していくという図式が、いかにも起こりそうで生々しいのです。

悪役の「対策班」メンバーがそれぞれ事情を抱えており、やがて社会機能が回復すれば切り捨てられていくことを自覚している者たちという点に、著者の上手さを感じます。むしろ、アゲート蜂も生態系の一種であることを冷静に説く者を異端者扱いし、患者を差別していく一般大衆のほうに怖ろしさを感じるのですが、こういうことも起こりそうだなぁ。

自然界では「一方的な勝ち逃げ」はなく、「人間も蜂も等しく環境に適応すべく変異していく」ということは、生物学的には当然の認識でしょう。それが異端視されるほどに人類が驕り高ぶってしまっているとは思いたくはないのですが、このような問題提起を含んでいるという点だけでも本書は優れています。

2013/2