りぼんの読書ノート

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最果てアーケード(小川洋子)

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コミックの原作として書かれたという本書は、切ないけれども忘れがたい雰囲気に満ちています。「誰にも気づかれないまま何かの拍子にできた世界の窪み」という「世界でいちばん小さなアーケード」とは、ヨーロッパの小都市の片隅にひっそりと佇む古い商店街のイメージでしょうか。

ここにあるのは、古いけれど上等で丁寧な作りのレースを売る店、剥製などの義眼を扱う屋、一種類しか商品がないドーナッツ屋、古い絵葉書を取り扱う紙屋、ドアノブの専門店、古い勲章を売買する店など。ほとんどが、前に品物を所有していた誰かの思いが染み付いている品ばかり。

ここに来る客は、上演されることのない芝居のために衣装を作り続ける元衣装係、存在しないウサギのための目を探す夫人、自称元オリンピック代表の体操選手という女性など。ほとんど皆が、過去の方向を向いている人ばかりといえるでしょう。しかし一番の客はアーケードのオーナーとなってしまった女性なのかもしれません。

語り手でもある主人公は、幼いときに母を療養所で亡くし、16歳の時には町の半分が焼けた大火事で父を失ってから、アーケードの大家業を受け継いでいるんですね。彼女は飼い犬のべべと、アーケードの突き当たりの中庭で店主や客たちのやりとりに耳を澄ませて過ごしているのです。そしていつしかベベも年老いて・・というあたりに時の流れを感じます。

しかし、この小説において時は流れているのでしょうか。最終章で明らかにされる火事のエピソードで、アーケードを見下ろす「人さらいの時計」は止まったままと言われているのです。では「時の止まった世界」とは・・? と考えていくと急に、本書がホラーじみて思えてきます。まさかディックの『ユービック』のような設定なのでは・・と。

それでも本書は、切ないけれども忘れがたい雰囲気に満ちているのです。ここで売られている、持ち主の生涯を越えて存在し続ける「もの」が帯びる性質とは、本来そういうものだからなのでしょう。畠中恵さんなら「つくも神」とでも言うところでしょうか。

2013/1