りぼんの読書ノート

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雪解靄(神通明美)

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富山地裁の書記官として長年勤めた著者による、「身近」な事件の裏に潜む人間模様を描いた短編小説集です。それそれの事件は、家賃不払いによる立ち退きとか、親権を有する親への子どもの引渡しなど、日々どこかで起きているようなものであり、話題性やミステリ色に飛んでいるわけではありません。しかしそれだけに、普通の人々の普通の感情に対してストレートに訴えてくる作品となっています。

「雪解靄」 家賃不払の老婆に期限内の立ち退きを求める執行官。老婆は息子夫婦の世話になると言っていたのに、肝心の息子が離婚・失業で小さい娘を連れて戻ってきてしまったのです。

「傷あと」 失踪後30年ぶりに姿を現した父親の人物確認を娘と息子に求める家裁の女性調停官。苦労を重ねて亡くなった母親を思うと父親を許せない娘でしたが、父親にはどんな事情があったのでしょう。

「虫」 2歳年下の男に貢いだ30代の女性の横領事件の裁判を筆記する女性書記官。しらじらと女性の単独犯を主張する男を前にした女性は、何を思うのでしょう。

「引渡し」 離婚後、母親に親権が認められた子どもを連れ去った父親側に引渡しを求める執行官。父方の祖母になついている子どもを取り上げることになるのですが、私情など交えるあけにはいきません。肝心なのは子どもの前で修羅場を演じさせないことなのですが・・。

「土漠」 亡くなった妻の遺言には、夫を推定相続人から廃除することが明記されていました。長年の浮気や虐待など、ほとんど身に覚えのないことが理由にあげられていたのですが、心のすれ違いはどうして起きてしまったのでしょう。自分が疎かにしていた妻の気持ちに気付いた夫はシルクロード旅行へと出かけるのですが、乾いた土漠の風景が妻の心象風景と重なって見えてきます。

2012/10