りぼんの読書ノート

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カラマーゾフの兄弟 第1部(ドストエフスキー)

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光文社文庫から発行された亀山郁夫さんによる新訳を読みました。
この新訳に対しては賛否両論あるようですが、確かにストーリー展開は読み取りやすくなっていうものの、以前に原卓也さんの訳で読んだ際に感じた、本書の登場人物たちの重厚さは薄れてしまっているように思えるのですが、いかがでしょう。

ともあれ、結婚と離婚、死別を繰り返して3人、いや4人の息子を持つ、圧倒的に粗野で精力的、好色きわまりない地主のフョードル・カラマーゾフの登場から物語は幕を開けます。物欲の権化でありながら啓蒙思想もかじり、横柄な無神論を振りかざすフョードルは、新しい世代によって乗り越えられるべき、悪しきロシア的人格を代表する人物として描かれます。

長男のドミートリー(ミーチャ)は粗野な放蕩者でありながら、情熱的で詩情に溢れ、時に一片の神性すら垣間見せる人物で、いわば古代的なロシア人。遺産相続と美女グルーシェンカを巡る彼と父親との対立が、物語を展開させる軸となっていきます。

次男のイワンは狂気と紙一重なほどに冷徹で悪魔的な無心論者であり、いわば現代的なロシア人インテリ階層。次巻で彼が語る「大審問官」の物語はこの小説の白眉ともいえる箇所であり、敬虔な長老ゾシマとの対比が強調されます。

三男のアリョーシャは敬虔で純真な魂と包容力を持つ人物なのですが、彼自身が未来のロシア人というものでもないのでしょう。むしろロシアの次代を担う少年たちを託すにふさわしい人格のように思えます。ついに書かれなかった続編で、皇帝暗殺をもくろむテロリストとなるとも言われていますが・・。

そしてもう1人、私生児のスメルジャーコフがいます。イワンのエピゴーネンとして、イワンの理論をつきつめていくと彼のような人物が出来上がるというんですね。神の不在の下では「全てが許されている」として、父親殺しの実行犯となる人物です。

第1部は人物紹介と物語の発端を記しているのですが、本書に登場する3人の女性を忘れてはいけません。
圧倒的な美貌を持ち自意識が高く、ドミトーリーへの愛情と憎悪の間を激しく揺れ動く中佐令嬢カテリーナ。父と子を惑わす妖艶な美女とされながら、その実は平民的な平凡さと狡猾さを持つグルーシェンカ。純朴なアリョーシャに憧れながら、イワンの悪魔的な魅力に惹かれてしまう可憐な少女リーザ。

「父親殺し」の可能性をほのめかせながら、物語は怒涛の展開へと突き進んでいきます。

2012/8再読
第1部 目次
第1編 ある家族の物語
第2編 場違いな会合
第3編 女好きな男ども