りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

千年紀の民(J.G.バラード)

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初期の傑作『結晶世界』を読んだのが相当前でしたので、「昔の作家」のイメージが強かったのですが、2003年出版の本書は、2009年に79歳で亡くなる直前の作品です。ちなみに邦訳は2011年の出版。

かなりミステリアスなファンタジーです。ヒースロー空港で発生した爆破テロに巻き込まれた先妻ローラの「無意味な死」に衝撃を受け、捜査のためにさまざまな革命運動に潜入を試みる主人公デーヴィッドは、善良なる一般市民である中産階級による革命をもくろむ医師グールドと出会います。

グールドは、彼の思想に忠実な魅力的な女性ケイを使ってデーヴィッドを革命運動に巻き込んでいき、ついにはエリート向けの新興住宅街チェルシー・マリーナの住民を立ち上がらせることに成功するのですが、彼の目的はそれだけなのでしょうか。

主人公の周囲にはグールドやケイだけでなく、怪しげな人物がうごめきます。爆弾魔ヴェラや、過激派のデクスター神父や彼と行動をともにする中国人女性チャン。妻のサリーですら、何を知っているのか最後まで謎のまま。闇の中を手探りで進んでいるようなもどかしさを、主人公も読者も感じるのですが、物語の核となっている「中産階級による革命」との概念自体も悩ましいものなのです。

そもそもピクニック気分で行われる革命と、すべての存在に意味を失わせてしまう無差別テロの間に共通点はあるのでしょうか。冷静に考えれば両者の間には深い溝が横たわっているのですが、それを軽々と跳び越えさせてしまうグールドが説くのは、一種の「神学」であり、だからこそ本書は宗教的なタイトルを持っているのでしょう。

「無意味な宇宙にも意味がある。それを受け入れれば、あらゆるものが新たな意味を帯びる」・・やはり説教ですね。ただ、そのあたりの論理を丁寧に読んでいかないとついていけないのはキツイかも・・。

2012/7