りぼんの読書ノート

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汚辱の世界史(J・L・ボルヘス)

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アウトサイダーたちの生涯を綴った本書は、もちろんフィクションです。
著者が冒頭で述べているように、「可能な手法を意思的に全て使い果たし、その結果、それ自体がほとんど一個のパロディと化してしまう」文章は、意図的な偽りに満ちているのです。

黒人奴隷を逃亡させて売り飛ばす「恐ろしい救世主」ラザラス・モレルも、似ても似つかない青年の経歴を詐称して母親を偽った「詐欺師らしくない詐欺師」トム・カストロも、海賊船団を率いて中国皇帝の軍と戦ったという「女海賊」鄭夫人の物語も、どこまでが真実なのでしょう。

21人殺害の「動機なき殺人者」ビル・ハリガンことビリー・ザ・キッドや、ニューヨーク・ギャング抗争の「無法請負人」モンク・イーストマンのことは少々わかります。
アッバース朝への反逆者で「仮面をかぶった染物師」メルヴのハキムとなるとさっぱりわからない人物ですが、これが一番気に入った物語でした。人間が堪えられないほどに高貴な顔を神から与えられたという偽りの預言者が、ライ病患者だったとは・・。

でもなんといっても改変部分を一番理解できるのは、日本人にはお馴染みの「傲慢な式部官長」吉良上野介の物語ですね。大石内蔵助が浅野内匠守の介錯をしたとか、京都での内蔵助の遊興を批判した薩摩武士が墓前で切腹したなどは、巷間伝わる忠臣蔵の話にはありませんから。

嘘なくしては文学は成り立たないとして、肝心な部分を作り話とした物語は、解説者が言うように「史的事実」ではなく「美的事実」なのでしょう。

2012/7