平安時代後期に登場した天才仏師・定朝の「誕生」をドラマチックに描いた作品です。柔らかな曲線と曲面からなり、瞑想的でありながら微睡むような表情を持つ柔和で優美な定朝の仏像はどのようにして生まれたのか・・そこには華やかな藤原時代の影に埋もれた悲劇があったのです。
物語は藤原氏の遠縁にあたる学僧・隆範と、若き天才仏師・定朝の出会いから始まります。定朝から賎民への差別意識を指摘されて恥じる隆範でしたが、定朝もまた貧困や疫病が渦巻く現実を前にして仏像をつくることの意味がわからなくなっていたのです。
一方で、皇太后となっていた彰子は、父・道長によって皇太子の座を追われた敦明親王の狼藉に心を痛めていました。彰子の哀しみと諌めは、傲慢な父にも、粗暴な敦明親王にも向かうのですが、より心を痛めていたのは敦明親王の幼馴染みで、彼が本当は優しい心の持ち主であったことを知っている侍女の中務だったのです。
中務が敦明親王に向ける気高さと憂いが混じった慈悲の眼差しに仏性を感じ取った定朝は、敦明親王が真に狂気に落ちた時に、如来のような慈悲相となるのか、怒りに狂う羅節相となるのか見定めたく思うのですが、それは禁断の願い。
定朝が「真実の御仏の姿とは人の裡にこそある」と悟り、偉大な仏師への道を歩むために中務や隆範の悲劇が必要だったとの物語は、深いテーマを扱いながら美しい文章で描かれています。定朝に対しては隆範、中務に対しては和泉式部の娘で奔放な小式部、敦明親王に対しては似たような境遇にありながら彰子に忠誠を尽くす道雅と、それぞれ対照的な人物を配した語り口もみごとです。
2012/5