りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

震える牛(相場英雄)

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地方都市の衰退、デフレ価格、狂牛病、食の安全など、現代日本の消費者を取り巻く問題が凝縮された社会派ミステリです。

迷宮入り目前の事件を捜査する田川は、2年前に起きた強盗殺人の再調査を開始します。被害者は何の繋がりもなさそうな獣医と産廃業者であり、当初は外国人による強盗殺人と思われていた事件が、高級車による逃亡、ナイフの逆手持ち、豪勢な宿、モツ煮・・とのキーワードを追ううちに、全く異なる姿を見せてきます。

一方で、大手スーパーの出店によって家族が崩壊した過去を持つネット経済記者の鶴田は、そのスーパーが抱える「マージン率低下」の問題を追い続けます。大型商業施設を作って地元小売店を潰した大手スーパーも本業の利益は極めて薄く、利益の源泉はテナント料にあるのですが、ショッピングセンターの集客力はリーマンショック以来回復しないままで、テナント料のマージンが落ち続けているというのです。

集客力の落ちた店舗を潰して買い物難民を大量に作り出し、次々と新しい店舗を作っていく大手スーパーの戦略はまるで焼畑農業のようであり、日本の地方都市を焼き尽くした後はアジア進出・・なのですが、そこにデフレ対応価格という要素が加わってきます。要するに低品質・低価格品の偽装であり、その例はクズ肉を混ぜ込んだ高級肉加工品・・。

少しでも安く売るために「雑巾」肉を成形し、添加物で刺激的に味付けをする流通業者。それを喜んで買い求める消費者。狂牛病放射能風評被害にあえぐ畜産業者。その隙間に入り込もうとする反社会的組織。田口の捜査と鶴田の調査が交わったときに、犯罪の構図が浮かび上がってくるのですが・・。

「食の安全」と「低価格追及」というトレード・オフの間で、消費者自身のあり方まで考えさせる展開は匠であり、なかなかの力作です。平成版『砂の器』との宣伝フレーズは、東京の片隅で起きた殺人事件が地方の大きな問題に結びついていくという類似性から生まれたものですね。

2012/5