りぼんの読書ノート

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あの川のほとりで(ジョン・アーヴィング)

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作家を主人公としたアーヴィングの最新長編は「自伝的な作品」と言われています。アイオワ州立大でヴォネガットに学び、ベトナム戦争を扱った第4作が大ヒットし、堕胎をテーマにした作品が映画化されてアカデミー脚本賞を受賞するなど、実際の著者の歩みとシンクロしながら進行する物語は、「シンボリックな自伝」になっているんですね。

これまでの著者の全ての作品がそうであるように、「事故の起こりがちな世の中」で繰り広げられる「父と子の物語」は、ニューハンプシャーの奥地にある林業の村から始まります。父の愛人を熊と思ってフライパンで撲殺してしまった少年は、父と共に逃亡の旅に出るのですが、それは半世紀近くもの年月を、ボストン、ヴァーモント、アイオワトロントへとさすらう人生の旅となっていきます。

移動先でコックを続ける父親の元で成長して作家となり、結婚して子どもを授かって後に離婚した主人公ですが、父子の人生を追い続けるのは、暗い喪失の気配。父親には死んだ愛人の情夫だった悪辣な治安官の銃弾が、若くして事故死した母と神聖な三角関係にあって第2の父親ともいうべき樵のケッチャムには左手に対して自らかけた呪いが、そして主人公が得た息子には青いマスタングの影が・・。

現実のアメリカが体験したサイゴン陥落やツインタワー崩落という悲劇を背景にして、物語の中では暗い予感が次々と実現してしまうのですが、そうであるにもかかわらず、本書は、物語の素晴らしさを謳いあげた作品になっています。老年に差しかかった主人公を訪ねてきた、「ときどき天使になる」レディ・スカイの「誰でもちょっとは幸せになる権利があるのよ」との言葉を待つまでもなく、本書は「川のほとりから始まる人生の大冒険」の物語なのですから。

物語の中でたいせつな人を記憶することによって、起きてしまったことを受け止めるフィクションの力が、ここには溢れているのです。

2012/3