りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

希望(瀬名秀明)

イメージ 1

かつて「哲学」という名のもとに総合的なものであった「物語」は、ある時期から「科学」と「文学」に分かれてしまったそうです。それをもう一度ひとつのものに一体化しようとする試みが「サイエンス・フィクション」という解説者の言葉は、ちょっと言いすぎかもしれません。

でも「AI」の可能性を執拗に追求する瀬名さんの作品には、「世界観」という言葉がとても似合っているように思います。初の短編集である本書からも、その思いは伝わってきます。
 
「魔法」両手を失ったマジシャンが義手を用いて奇跡の復活を果たしたのは、テクノロジーによる手品という新しいマジックなのか、それともマジックではない別の何かなのか・・。いいえ、この世界こそが「魔法」です。^^

「静かな恋の物語」数学のエレガンスさを愛する女性と、生命科学の「汚さ」を理解する男性の恋。男性の死後、宇宙飛行士となった女性は夫の位牌を持ってシャトルに乗り込みます。恋の物語が美しいのは、目に見えないものだから・・。

「ロボ」動物を擬人化しすぎたと批判もされたシートンの『狼王ロボ』をモチーフに、ロボットへの愛着と擬人化という、過ちに陥りやすい問題を描きます。瀬名さんの作品にお馴染みのロボット「ケンイチ」が登場。

「For a breath I tarry」ロボットと花を描いた2枚の絵とコラボした作品です。物理化学の法則に支配されながら生命を支えていくのは、2つの相反する定義です。「人はほとんどロボットである」と「私たちはほとんど生命だと思う」

「鶫と雲雀」航空機草創期のパイオニアたちに託して描かれるのは、ヒトと機械の境界を越えて未来へと進もうとする意思。語らないことと語ることが、表題の鳥の名前とシンクロしてきます。サン・テクジュベリが意識されていますね。

「光の栞」声を持たずに生まれ育った生命科学者が、製本家に作成を依頼したのは「私の代わりに世界を聞き呼吸する本」。自らの細胞をもとに作る書物とは?こんなことができたら、倫理観は変わるのだろうなぁ。

「希望」重力とコミュニケーション。エレガントさへの疑問。ヒッグズ粒子とデカルト。E=MC2ではなく、M=E/C2。アインシュタインが定義しようとしたのは質量。少女をモデルにしたロボットと、ロボットのモデルとなった少女の選択・・。世界はシンプルな法則で記述できるものではなく、宇宙はエレガントではありえない。人間の美意識が宇宙のごく一部との重なり合いにすぎないのなら、希望はどこに?

2011/10