りぼんの読書ノート

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蒼路の旅人(上橋菜穂子)

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30代の女用心棒バルサを主人公とする守り人シリーズに対して、シリーズ第1巻で彼女と深く関わった、新ヨゴ王国の皇太子チャグムの成長を描くのが「旅人シリーズ」。もちろん、両者は深く関連しあっています

神の守り人バルサが異界ナユグの現世界への侵食を感じたのと呼応するかのように、本書では、チャグムが南方の強大なタルシュ帝国による侵略に巻き込まれます。異界ナユグの季節的な周期が、現世界での動きと深く関わっていることが示唆されますが、バルサとチャグムの道が再び交わる最終巻天と地の守り人で明らかになるのかしら?

さて本書です。新ヨゴ王国に、タルシュ帝国の侵略を受けている隣国サンガルからの救援要請が届きますが、それは、既にタルシュに屈して大陸進攻の手先となった隣国が、やむをえず仕掛けてきた罠。皇太子チャグムをうとましく思う父王は、罠と知りつつチャグムを救援に赴かせることとし、チャグムもまた罠の中に飛び込んでいくのですが、国難の中での父子の葛藤が本書の主題となっていきます。

タルシュに捉えられたチャグムに、ある提案が出されるのですが、それは、未熟ながらも純粋で、清廉で、潔癖で、生命の重たさを知っているチャグムにとっては、容易に決断を下せない重い内容のものでした・・。

著者はあとがきで、「コサックのタタール進攻を両者の異なった立場から見た2つの物語」を若い頃に読んで、「歴史には絶対の視点などなく、関わった人の数だけ視点と物語がある」と気づいて衝撃を受けたと書いています。

本書ではチャグムが、自分自身の得失はもとより、父王、家臣たち、侵略者タルシュの王子、タルシュの手先となっている枝国や隣国サンガル、さらに戦争に巻き込まれる多くの民という、複数の視点から物事を俯瞰して、進むべき道を見極めようとしています。なんという苦難の道・・。

そんな難しい立場に徹すると『ブッダ』になってしまうのではないかとも懸念するのですが、まずはシリーズ最終巻を、じっくり読んでみましょう。

2011/7