りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

名声(ダニエル・ケールマン)

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僕とカミンスキーで流行作家の仲間入りをして、ガウスフンボルトの事績を追った世界の測量で世界的なベストセラー作家となったドイツ人著者による連作短編集です。

といっても、9つの短編に登場する人物はそれぞれ異なっています。これは同じ時間を生きた9人の人物のエピソードを並べることによって、ひとつの世界を構築しようとの試みのようです。そして9人を結びつけるのは「携帯電話」。

「声」携帯を買ったばかりの男のもとに、「ラルフ」宛ての電話が次々とかかってくるようになります。ついに男は、ラルフになりすまして電話に出るのですが・・。

「危険にさらされて」神経質な作家レオは、「国境なき医師団」のメンバーである恋人のエリザベートとアフリカへ。一方ではレオの世話に手を焼きながら、もう一方では携帯で誘拐事件に対処するエリザベートは、「私を小説に登場させないで」と頼みます。

「ロザリーは死にに行く」レオの小説中の人物ロザリーは老いて死病に罹り、自殺幇助機関を訪れることを決意するですが、そのことを携帯で姪のララに告げたことを後悔します。気まぐれな作家は彼女の運命を変えてしまうのですが・・

「出口」いつの間にか、俳優ラルフのもとに携帯電話がかかってこなくなってしまいます。面白半分で「ラルフの物まね芸人のふり」をしたラルフのリアルライフは、歪んでいきます。すでに、携帯での繋がりがアイデンティティとなっているのでしょうか。

「東」レオの代理で某国を訪問したミステリ作家のマリーアは、携帯電話の電池が切れて、言葉がまったく通じない見知らぬ異国の地に放り出されてしまいます。これは怖い!

「尼僧院長への返事」敬虔な人生論で著名な作家のミゲルは、尼僧院長からの質問に答えて、神の存在を否定する返事を書いてしまい、自殺を考えます。アレッ、携帯が登場しなかった?

掲示板への書き込み」ネットオタクのモルヴィッツは、上司の代理で出張に出かけた際、ホテルで見かけた作家レオに気を取られてプレゼンで大失敗。彼の願いは、レオの作品の登場人物になることだったのに・・。

「私はいかにして嘘をつき、死んだか」モルヴィッツを出張に行かせた上司の不倫物語。単身赴任中、妻に携帯で嘘をつく二重生活がいかに容易なことか。でも、そんな生活は当然破綻せざるを得ません。

「危険にさらされて」レオとエリザベートの旅の続編。レオの小説中の人物である女医ララと出会ったエリザベートは、物語の登場人物になってしまったことに気づきます。どうやら「複数の物語の中に複数の物語がある」ようなのです。レオはどこかに消えますが、彼女にとってはもはやどうでもいいこと。携帯の呼び出し音を気にとめる必要もありません。

携帯電話の呼び出し音で始まり、携帯電話の呼び出し音で終わる作品です。確かに、携帯電話は世界を変えてしまったのかもしれませんが、ひとりひとりの孤独感は何も変わっていないのでしょう。そして、小説の本質も。

2011/4