りぼんの読書ノート

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仲蔵狂乱(松井今朝子)

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江戸時代中期、安永から天明期というと八代将軍吉宗による「享保の改革」が頓挫して、田沼意次によるバブル経済へと向かいつつあった頃。この時代に活躍した不世出の歌舞伎役者・初代中村仲蔵の生涯を描いた作品です。

孤児として生まれて、中村座の唄うたい・中山小十郎と振付師の志賀山おしゅんの夫婦に引き取られ、幼い頃から芸を仕込まれた仲蔵でしたが、家名がものをいう歌舞伎の世界で名をあげるまでには、並大抵の苦労では済まなかったようです。

いったんは芝居の世界から身を引いたものの、芸への思いを断ち切れず、最低給金である年7両の下積みからキャリアを再開。苛めと屈辱に耐え切れず、大川に身を投げるほどの絶望にも追い込まれますが、端役であった「忠臣蔵」の定九郎役での工夫で当たりを取り、人気役者へと駆け上っていくのですが、今度は狭い梨園内で巡らされる役者たちの思惑や陰謀に振り回されていくことになっていきます。そこに、田沼時代の終焉が・・。

家名も後ろ盾もない中で奮闘する仲蔵の姿が、同時代の田沼意次の姿と重なっていきます。仲蔵と田沼家の用人・三浦庄司との深い関係を作品に織り込んだ著者は、わずか三百石の小身から老中・大名にまで上り詰めていった意次と仲蔵との共通点を示唆しているように思えるのですが、いかがでしょう。萩尾望都さんの解説に「よく育ち、よく生き、よく病し、よく死んだ。そして芸を残した。人としてよい一生だったとやはり思う」とありましたが、同感です。

野心的な瀬川錦次(四代松本幸四郎)の生き様を、芸一筋に生きた仲蔵と対照させたり、市川団十郎(四代目)や、その実子の松本幸四郎(三代目)など、実名で登場する役者の演技や所作の描写が、絢爛豪華な時代を生き生きと描いてくれています。歌舞伎にうとい者には入門書としても読める作品でした。

2011/4