りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2011/3 バウドリーノ(ウンベルト・エーコ)

2011年3月は、東日本大震災が起きた月として長く記憶されることでしょう。多くの人々の人生が、運命が、一瞬にして変わってしまい、後遺症も長く続きそうです。直接の被害にあった方々とは比べ物になりませんが、新浦安の街も液状化の被害を受け、私も2週間の断水生活を余儀なくされました。下水の本格復旧はまだまだ先ですし。図書館もずっとクローズされてしまって、返却もできないまま。勤務先近辺の図書館に登録して、本を借り出し、読書は続けています。
ウンベルト・エーコの久々の長編は、「中世における虚構」をテーマとしたの大作でした。「暗黒時代」だったはずの中世が生み出した虚構が、なんと多彩で多様なことか。堂々の第1位です。

短編の名手、アリス・マンローウィリアム・トレヴァーの作品集は期待通りの高水準。『大気を変える錬金術』は、40億人が限界といわれた地球が、どうして60億人もの人類を養えているのかとの秘密に迫る、知的好奇心をそそる作品です。
1.バウドリーノ(ウンベルト・エーコ)
大傑作『薔薇の名前』が「中世における異端」をテーマとした物語であるとしたら、本書は「中世における虚構」をテーマとした作品といえるでしょう。神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ王の養子かつ従者であったバウドリーノが語る、数奇な人生を純粋に楽しめる作品です。もちろん「異端」関連の薀蓄も楽しめます。

2.小説のように(アリス・マンロー)
前作『林檎の木の下で』は、作者の先祖の物語を土壌とした作者自身の人生の物語となっていましたし、それ以前の『木星の月』にも自伝的な作品が含まれていましたが、本書はタイトル作の表題が象徴しているように、完全な「Fiction」です。70代を迎えた著者は、自身の人生の重さから自由となったのかもしれません。

3.大気を変える錬金術(トーマス・ヘイガー)
自然界に存在する固定窒素の総量では40億人を養うのが限界と試算されたとのこと。ではなぜ、世界は60億人もの人口を養えているのでしょう。それは、2人のドイツ人化学者ハーバーとボッシュによる、空中窒素の固定化技術の成果なんですね。しかし、空気を資源化する現代の錬金術による窒素サイクルの変動は、地球に何をもたらすことになるのでしょうか・・。

4.聖母の贈り物(ウィリアム・トレヴァー)
人間の愚かな振る舞いを冷静に観察した記述には、往々にして著者の底意地悪さが発露されるものですが、この人の視線は決して冷酷ではないのです。短い文章の中でここまで感じさせるのですから、まさに珠玉。訳文も素晴らしい!

5.下流の宴(林真理子)
格差社会が進む中で、中流家庭が下流に転落するのは、たやすいことなんですね。平穏な家庭を営む主婦・由美子の悩みは、高校中退のまま定職も持たずに20歳を迎え、対戦ゲームで知り合った年上の女性・タマちゃんと結婚しようとしている息子の翔。ところが、由美子が「下流の女」と蔑んだタマちゃんは、一念発起して医大受験を目指すのです。果たして彼らの運命は・・。



2011/3/31記