りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

扉守(光原百合)

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小さな奇跡にあふれている瀬戸内の町「潮ノ道」を舞台にした連作短篇集。モデルになっているのはもちろん著者の故郷「尾道」です。さまざまな不思議と共存しながら伸びやかに生きている女性たちの姿からは、著者の故郷への想いも感じられます。上質の小説に仕上がりました。

帰去来の井戸:女子大生・由布の伯母のお店「雁木亭」にある井戸には、他所に出る前に飲めば必ず戻れるとの言い伝えがありました。でも寿命が尽きてしまい戻れない人もいるのです。海でもない場所に船を繋ぐ杭がある理由は・・。

天の音、地の声:劇団「天音」は「おしゃべりしてくれる場所」の声を聞いて物語にするのです。一家を襲う不幸を少女に伝えられないままに、古い洋館で迷子になっていた妖精「畳たたき」は何を訴えているのでしょう。

扉守:土産物屋「セルベル」の店主の役割は、土地の力に引き寄せられて来ながら、その土地の決まり事を守らない者を扉の向こうに送り出されてしまうこと。仲間外れにされることを恐れる中学生の雪乃に憑いたものは、果たして・・。

桜絵師:この天地を心から愛するが故に他の者に譲って去っていった者たちの魂はすぐに行くべき所に送ってしまうのが忍びないもの。行雲の描く世界は彼らの魂に満足するまでとどまってもらうためのものでした。高校生の早紀は、自分の悩みがちっぽけなものだったと気付かされます。

写想家:生き方が違ってしまった元親友への思いは難しいものです。独身を通す晃代がふと抱いてしまった既婚の祥江への殺意を、魂を写す写真家・菊川が吸い取ってくれなかったら、悲しい事件が起きていたのかも・・。

旅の編み人:自分も周囲も不幸にしてしまう想いなど、一旦ほどいてしまって別の幸せな想いに編み直してもらうしかありません。そんな時には亜霧に頼みましょう。生まれなかった孫に編んだ靴下だって。渡せなかった友香のマフラーだって・・。風を読むのに超方向音痴で、編んだ物は決して忘れないのに人を覚えられない亜霧のドジキャラぶりも楽しい作品でした。

ピアニシモより小さな祈り:静音の家の、戦争で弦を供出させられたピアノには戦地から戻ってこなかった長男の思い出が詰まっていました。ピアニストの零と調律師の柊は、弦を張らせないピアノをなだめようとするのですが・・。

不思議の結節点となっている、持福寺住職の了斎がいい味を出していますね。今年の春に尾道を訪れた時に、山と海に囲まれた狭い斜面に密集する寺院群を、迷路のような小路や石段が繋いでいるかのような街を「異界」と感じたことを思い出しながら読みました。

2010/12