りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

おっぱいとトラクター(マリーナ・レヴィツカ)

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なんともコミカルでユニークなタイトルですが、原題はもっとすごい。ウクライナ語によるトラクター小史」というのですから、訳がわかりませんね。

本書は、戦争直後にドイツの難民キャンプで生まれ、ウクライナ出身の両親や姉とともにイギリスに移住した著者が、年老いた父親の再婚と離婚という実話をもとに書き上げた作品です。基本はコメディ・タッチであり、イギリスで上品なユーモア小説に与えられる「ウッドハウス賞」を受賞しています。

84歳の父親が、故国ウクライナからやってきた36歳の巨乳美女と再婚する! お人よしで色香に迷った父親ニコライと、明らかに財産と居住ビザが目当てで、西側の豊かな暮らしを貪欲に追い求める巨乳美女ヴァレンチナの結婚に反対し、結婚成立後は離婚させるために共闘する娘たち(姉のヴェーラと妹のナージャ)の奮戦記。

ヴェーラとナージャは先に亡くなった母親の遺産相続で仲が悪くなっていたのですが、「共通の敵」の登場に共闘することになります。家族間のドタバタ騒動が基本ですけど、それだけではありません。今まで苦手だった父親や姉とはじめて真摯に向き合ったナージャは、ロシア革命からスターリンによってもたらされた飢餓と粛清、ドイツによる強制収容などに翻弄された故国ウクライナの歴史と重なる、家族の過去に気付いていきます。

一方のヴァレンチナだって、ソ連邦解体以降、長く混迷の続くウクライナから逃れて西側への脱出を図る女性であり、いわば本書はウクライナの過去と現在を結ぶ物語となっているのです。巻末につけられたニコライ一家がイギリスにたどり着く旅路と、最後にウクライナへと帰るヴァレンチナの旅程が、いかに似通っているものか!

ラクターのエンジニアであった父親が、作中で綴っていくのが「ウクライナ語版のトラクター小史」であり、これが原題になっているのですが、そこにも農民のために発明されたトラクターが集団主義を進めて自営農を追い出すために用いられたことや、後には戦車を生み出す工場へと変貌していった過去が、淡々と語られていきます。

この邦題はひどいとも思いましたが、よくよく考えるとぴったりかもしれません。ユーモア小説の中にシリアスな問題を潜ませたこの作品は、掘り出し物でした。超おすすめの小説です。

2010/12