りぼんの読書ノート

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天地明察(冲方丁)

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暦とは、天体の運行に基づく時間の流れを体系付け「年・月・週・日・時」として当てはめたものですが、農事や神事など人々の営みを司るものとして、旧くから権力者の支配の道具だったのですね。日本では、唐時代に作成された「大衍暦」を輸入した「宣明暦」が800年もの間使われていましたが、長く使用されているうちに誤差が大きくなり、日食・月食夏至冬至春分秋分などの節気の予測に狂いが出るようになっていました。

本書は、初めての日本独自の暦である「貞享暦」を編纂した渋川春海の苦闘を、主人公の成長物語として生き生きと描き出した小説で、今年の本屋大賞受賞作。

4代将軍家綱の時代。徳川の治世は磐石となって、戦国の世は「遠い昔」になりつつあった時代。それは新しい才能が新しい形で花開いた時代でもありました。将軍家お抱え棋士の名門である安井家に生まれた春海でしたが、同年代のライバルには、今なお史上最強の棋士として名前があげられるほどの本因坊道策が登場してきます。

春海は算法に深い関心を持ったものの、そこにはやはり同年代で、代数や行列を独自に編み出した大天才の「和算の開祖」関孝和がいて、打ちのめされます。でも春海には強みもありました。測量や天文学神道などの多芸にも通じ、囲碁を通じて水戸光圀保科正之らの知遇を得ていたため、日本各地の緯度計測隊のメンバーに選ばれ、ついには全てを総合して「暦」を作成するという天職に巡り合うのですから・・。

自信を持って送り出した中国由来の「授時暦」が、日本と中国との経度差によって日食予報を誤るとの大失態からの立ち直りや、暦独占の既得権を守ろうとしている公家の陰湿な策謀との対決や、若き日の恋愛なども絡めて、良質のエンタメ小説に仕上がりました。ちょっと軽すぎる感もありますけどね。

2010/10