りぼんの読書ノート

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小暮写眞館(宮部みゆき)

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宮部さんのひさびさの現代小説は、「心霊写真バスター」の高校生の物語。といっても、超能力者が登場したり、アクション場面があるわけではありません。心霊写真は、それぞれの人物が過去に決着をつけるための「きっかけ」にすぎず、全体を通してみると、ごく普通の高校生である英一の成長物語になっているのです。

東京の下町にある、かつて写真館だった古い家に引っ越してきた花菱一家。レトロ趣味の両親が「小暮写眞館」の看板をそのまま残していたため、長男の英一のもとに奇妙な写真が持ち込まれます。謎解きに乗り出した英一らが見出したのは、写真に凝縮された、さまざまな人たちの「秘められた思い」でした・・。

宮部さん、相変わらず上手です。堅苦しい家族写真の横に泣き顔で写っていた、その家の息子と離縁した女性には、「こんなところで泣いていたんだね、あたし」とつぶやかせて過去と決別させ、婚約者の女性と両親が涙を流している姿を写してしまった、もと許婚の男性には、自分で投げ捨ててしまった人生を取り戻すよう、背中を押してあげるのです。

でも、最大のタブーは家族の中にありました。英一は気付きます。「わが家の心霊写真は、家族全員の心の中にある」と・・。新たな謎解きが開始され、作品は「家族の絆」という大きなテーマに向かいます。

高校生らしい爽やかさと屈託を持っている英一の親友たちも、町内事情と世間知に通じている不動産の社長もいいですが、特筆すべきは「生きた心霊写真」のような暗さを持っている不動産屋の事務員、垣本順子の存在ですね。

英一が自分と家族の過去と決着をつけたことに励まされて、彼女も自分の問題に向き合います。そのことは、はからずもほのかな恋心を抱いてしまった順子との別れに繋がっていくのですが、それこそが、英一が大人の階段を上っていく際の最後の関門だったのでしょう。あらためて物語を振り返ってみると、全ての物語がそこに通じていたんですね。完成度の高さに驚かされます。

2010/9