りぼんの読書ノート

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初夜(イアン・マキューアン)

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1962年のイギリス。「性の開放」も、「ビートルズ革命」も、まだ訪れる前のこと。新婚の2人が、不安の中で迎えた初夜の物語。歴史学者を目指すエドワードと若きバイオリニストのフローレンスは恋に落ち、互いの家族からも祝福されて幸福な結婚式をあげたのですが、2人には不安がありました。

それは、新婚初夜の愛の営みのこと。2人とも、性にまつわる密かなコンプレックスを持っていたのです。初体験をしたくてたまらない新郎と、それが嫌でたまらない新婦の組み合わせが何ともぎこちない結果をもたらしてしまうのですが・・。

互いに愛し合っているのであれば、そんなことは時が解決してくれるものであり、本来ならむしろコミカルなテーマ(私は実際、喜劇と思って読んでいました)であるはずのことが、この2人の場合には、そうはならなかったのです。互いに相手が大切に思っていることを知らなかった・・と言えばそれまでですが、それで片付けてしまうにはあまりにも悲しい、必要以上に先鋭化されてしまった数時間の出来事の物語。

本書の主題は、「初夜」そのものではなく、一瞬のとまどいや激情で逃してしまった「そうであったかもしれない人生」への愛惜の想いなのでしょう。フローレンスが奏でるモーツァルト室内楽のように、完成度の高い小説です。

2010/7