りぼんの読書ノート

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空白の桶狭間(加藤廣)

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信長の棺秀吉の枷明智左馬助の恋の3部作は、衝撃的でした。なにしろ信長が、自ら天皇の地位を望んだことが「最後の一線を越えた」とされて、「山の民」の出身である秀吉の陰謀によって殺害されてしまったというのですから。

「山の民」とは、摂関家に連なる血筋を引き当時の先端的技術を擁していた集団であり、秀吉は彼らの「世俗的権力との接点」だったのですね。本書は、信長の大躍進の原点であった「桶狭間の奇跡」もまた、秀吉と「山の民」との助力によるものであり、ここでの約束が本能寺に至る遠因ともなったとする作品です。

大軍を擁して圧倒的優勢であった今川義元が、わざわざ桶狭間のような場所に陣を構えて信長の奇襲を許したのは、「何らかの謀略があったに違いない」との発想で書かれたとのことですが、前の3部作と較べると、迫力に欠けるように思えます。

その一番の理由は、信長に魅力がなさすぎること。秀吉と「山の民」の助力による謀略自体は、本書の主題ですから「前提」としても、あの信長が窮地に陥って判断停止状態となり、全てを秀吉に委ねたというのは情けない。少なくとも、信長と秀吉と「山の民」、それに義元と家康を加えたところで、丁々発止たるギリギリの駆け引きがあったとでもしなければ、「読み物」として面白くはなりません。

三人称で淡々と語られる叙述スタイルも、ヒネリがなさ過ぎて平板に思えました。さすがにこの後も同じテーマで書き続けるのは無理で、次作は謎手本忠臣蔵になりましたが、これももの足りませんでした。次の『宮本武蔵正伝』はどうでしょうか。80歳に届こうという年齢で、次々と作品を生み出す若さは素晴らしいですけどね。

2010/7