りぼんの読書ノート

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遺失物管理所(ジークフリート・レンツ)

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北ドイツの大きな駅の遺失物管理所に、24歳の青年ヘンリーが着任します。裕福な家庭の出身でコネによってドイツ鉄道に入社したものの、出世欲も金銭欲もなく、花形職場とは程遠い遺失物管理所にたどり着いたヘンリーは、これまでの人生において、居場所を見つけることができなかったようです。なんせ、自分のことを「遺失物」に例えたりしている「草食系男子」なんですから。

ところが、彼にはこの職場が向いていたようです。若い女性が忘れた婚約指輪。旅芸人が忘れた大道芸に使うナイフ。女子生徒が忘れた笛。ほかにも、入れ歯や、僧服や、現金を縫いこんだ不審な人形など、ありとあらゆるものが遺失物管理所に迷い込んできます。ヘンリーは、「想像力を刺激する」遺失物に秘められたドラマを愛するようになっていくのです。

ヘンリーは、カバンを忘れたロシア辺境出身の若い数学者フェードルと知り合いになり、自分の姉バーバラを交えて友情を育んでいくのですが、フェードルはドイツに根強く残っている偏見に深く傷つけられてしまうのでした。偏見を露骨に表したのは、ネオナチ風の暴走族だけではないのですから。

異邦人に対して不寛容である現代ドイツの姿は、アルネの遺品でも描かれていましたが、寓話風の物語でありながら、良心をどこかに置き忘れたような人々に対する老巨匠の怒りを感じます。

でもヘンリーは、遺失物管理所の仕事を通じて成長することができたようです。彼のようなピュアな青年を、外の世界に戻してあげたい気もするのですが・・。

2010/6