江戸から明治への激動期に日本を二分して争われた戊辰戦争を、歴史の底でうごめいて沈んでいった3人の男たちの視点から描き出した力作です。
1人は長州藩の間諜・物部春介。木戸孝允から命を受けた春介は、修験僧に身をやつして奥羽越列藩同盟の力を削ぐべく新発田藩での一揆を使嗾し、さらには新潟を拠点に同盟軍に武器を調達するプロシア人・
スネル兄弟が開いた商館を潰すために奔走します。
スネル兄弟が開いた商館を潰すために奔走します。
3人めは会津藩士・奥垣右近。政務担当家老・梶原平馬の腹心として役目を務める右近は、奥羽越列藩同盟が結成され、やがて瓦解するに至る藩内部の動きのみならず、同盟諸藩や元幕臣らの思惑や反目をつぶさに目の当たりにすることになります。
3人とも『雨月物語』で怪異の前触れとされた「雨夜の朧月」を見ることになるのですが、彼らが見た怪異とは、巨大な内戦の中であからさまになる醜い人間性のことなのでしょう。それは同盟側の恭順嘆願を無視して、強引に東北各地を戦乱に巻き込んでいく官軍だけに見られたことではありません。「会津士魂」などという言葉の裏に潜む、農民・町民蔑視の姿勢もまた、さまざまな悲劇を起こしていくのです。「人間は哀しいな。みずからの観念を確かにするために人を殺す」との登場人物の述懐は、反乱を起こす側からの視点で世界の紛争を描いてきた著者の、悲しい到達点なのでしょう。
秋田藩や三春藩などの裏切りも起こり、一時は北方政権樹立を夢見た奥羽越同盟は瓦解し、戊辰戦争最大の山場であった北越戦争と会津侵攻は終結に向かうのですが、あえて歴史の主役たちの視点を外して綴った本書は、『蝦夷地別件』以来の力強い作品でした。船戸さんが2007年から取り組んでいる大作『満州国演義』も読んでみましょうか。全9巻の予定で、第5巻まで出版されています。
2010/6読了