りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

翔べ麒麟(辻原登)

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唐帝国で秘書監・衛尉卿という高官にまで上り詰めた阿倍仲麻呂(中国名:朝衡)を、玄宗皇帝から信頼を寄せられて晩年の悪政を正そうと活躍した人物として描きながら、「安史の乱」の内幕にまで大胆に想像力を持って踏み込んだ小説です。狂言回し的な役割を担うのは、奈良随一の剣の腕をかわれて藤原清河ら遣唐使一行の護衛に任ぜられた藤原真幸という架空の人物。朝廷に対する反乱を起こして敗死した藤原広嗣の遺児という設定。

政治に倦んで楊貴妃に溺れた玄宗皇帝に昔日の面影はなく、宮中に楊一族が跋扈する。李白の「長恨歌」に詠まれた時代です。そんな状況を憂いていた勢力の中心人物であった阿倍仲麻呂が、宰相・陽国忠と吉備真備の陰謀によって帰朝に追い込まれてしまったため、仲麻呂の同志であった安禄山が暴発した・・との大筋なのですが、ちょっと考えにくいな。仲麻呂玄宗皇帝の姪・李茉莉との恋はともかく、安南に漂着して唐に戻ってからの仲麻呂の超人的な活躍はちょっと鼻白むところもありました。彼は文人であって、武人ではありませんものね。

一方で、新羅を仮想敵国としていた当時の日本の政策が、大唐帝国から見た世界情勢からいかに取り残されていたかとの問題提起も込めており、そちらは史実に基づいているので説得力はあるのですが、ちょっと欲張りすぎでしょうか。

仲麻呂が指揮する騎馬隊に迎え入れられた藤原真幸が新羅の剣士らと親友となったり、西域からやってきた踊り子に恋をしたり、唐が世界に開かれた帝国だったことを現わすエピソード部分や、仲麻呂と、李白杜甫、王維、顔真卿ら唐の黄金期の文人たちとの交わりの部分などは、楽しく読めたんですけどね。

そもそも著者が本書を書いたきっかけは、百人一首にもある阿倍仲麻呂の有名な句「天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に いでし月かも」は、通常言われている帰朝を断念した悲しみではなく、帰朝を目前として心の昂ぶりを読んだものであり、ほのかな恋の香りすら漂っていると感じたことだそうです。

2010/4