りぼんの読書ノート

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壊れやすいもの(ニール・ゲイマン)

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アナンシの血脈アメリカン・ゴッズなどの傑作ファンタジーを著わしているニール・ゲイマンの短編集です。冒頭の「翠色の習作」はヒューゴー賞を受賞しており、SF作家とも言われていますが、強いて言えば「幻想小説作家」にあたるのでしょうか。いまどき、ジャンルなんて気にする必要はないと思いますけど。

「語り手が消えたあとにもこの物語はきっと残る。壊れやすいものはきっと強い」と語り、「振り返った時、人生を壊れやすいものに浪費したと思うほうがいい」と言い切る著者の煌びやかな想像力の結晶は、ぜひ直接読んで楽しんで欲しいものです。そういえば読書なんて、「壊れやすいものへの浪費」の典型ですよね。本書には31編もの作品が収録されていますので、とても全部は紹介しきれません。強く印象に残った作品のみを記しておきます。

「翠色の習作」 ベイカー街の探偵が、ロンドン警視庁の警部に依頼されて捜査した殺人事件の真相は? ホームズのパロディかと思っていると、いつしかそこにはラブクラフトの恐怖小説のような世界が広がってきます。継ぎ目を見せることなく、異なる2つの世界を融合させている手際はが素晴らしい。

「形見と宝」 この作品でも、残酷なギャングストーリーだったはずの小説が、「都会の一室に生き延びているシャヒナイ族」という幻想的な物語へと変質していくのですが、その手際はまるで良質なマジックを見ているよう。

「顔なき奴隷の禁断の花嫁が、恐ろしい欲望の夜の秘密の館で」 ゴシック・ホラーそのままの環境に住んでいる作家が書く本格的な小説とは?

「苦いコーヒー」 ハイチのコーヒーガールはゾンビだった? 姿を消した人類学教授に成りすました男がニューオリンスで経験した悪夢の一夜。この先に異次元があるのはわかっているのに、逃れられずに吸い込まれてしまうような作品。

「スーザンの問題」 『ナルニア国物語』のエンディングでのスーザンの扱いには、あたしも不満でした。本人も、不満を抱えて生涯をおくったのかもしれません。

パーティで女の子に話しかけるには 知らない女の子ばかりのパーティに紛れ込んではいけません。まして、エッチしたりしては・・。その子は、詩か虹か宇宙か妖精か、ひょっとしたら神々かもしれないのですから・・。

ゴリアテ  AIが支配するマトリックス世界がエイリアンに襲われたときに何が起こるのでしょう。歪み、デジャブ、繰り返しだけではすみません。エイリアンに対する戦闘員として選ばれた人間男性が経験したことは? 映画に捧げられた作品だそうです。

「サンバード」 娘の誕生祝いとして書き下ろした小説ですって。間に合わなかったそうですが・・。食通クラブのメンバーが、不死鳥を無事に食べるにはどういう準備が必要なのでしょう。丹念に準備しておかないと、怖ろしいことが起きるんですよ。

「谷間の王者」 『アメリカン・ゴッズ』の後日譚です。やはりこの作品が一番いいですね。遠い昔、バイキングに連れられてノルウェーからスコットランドにやってきた神々は、その地に見捨てられたままでした。スコットランドを旅しているシャドウは、北欧神話の英雄ベオウルフの役割を期待されて、怪物グレンデルと戦うことになってしまいます。人間とは、自分たちの言いなりになる怪物を、そうでない怪物と戦わせて神話を作り、結局はどちらも殺してしまう身勝手な生き物なんですね。

かつてハワイや南米への日本人移民とともに海外へ渡った日本の神々も、その地で見捨てられ、忘れられたままでいるのかしれません。

2010/2読了