りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

キラ キラリナ(パナイト・イストラティ)

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ドナウ川下流にあるルーマニアの港町ブライラに生まれ、放浪生活を続けていたものの自殺未遂事件をきっかけにロマン・ロランの知遇を得て、フランス語で作品を著わし、「バルカンのゴーリキー」と呼ばれた作家の代表作です。

著者を思わせる青年アドリアンが、遠い親戚で厄介者の老いた露天商スタブロに誘われ旅に出て、彼の数奇な生涯を「聞き書き」したという構成になっています。

このスタブロの人生が凄まじいのです。「放浪の露天商」というので「寅さん」のイメージだったのですが、そんなもんじゃない。父や兄と別居して遊蕩に明け暮れていた美しい母と姉に育てられていたものの、父と兄から殴打されて自慢の美貌を傷つけられた母は行方不明に、姉はハレムに売り飛ばされてしまい、スタブロ自身は裕福な老人の慰み者にされてしまうのですから。

ようやく脱出に成功して姉を探し出そうとする、まるで厨子王のようなスタブロでしたが、世間知らずの少年にはエキゾチズムとオリエンタリズムに溢れる中近東の旅は厳しすぎる。盗難、拉致、監禁、投獄、奴隷化、脱出・・を繰り返し、ようやく慈愛に満ちた露天商のバルバ・ヤニと出逢って、「自分の受難は、父や兄の死を願ったせい」と反省するのですが、ついに姉にも母にもめぐり合えないまま、放浪の人生を送ってきたんですね。

冒頭で、スタブロと旅に出ようとするアドレアンに、真面目な母が投げかけたひと言が効いています。「今日おまえはちょっとした旅をするというが、それはやみつきになるよ。明日はもっと長旅、その次はもっと長旅になっていくよ。」・・そうだよなぁ。それと対になっているのが、話を終えたスタブロがアドレアンに向かって言った、「さてと、ようやくおまえも現実に立ち返っていい頃だ」という言葉なんですね。

でも、どちらの言葉も若いアドレアンには効き目がなかったようです。アドレアンとスタブロの放浪物語は、シリーズ化されたということですし、何より、著者がおくった波乱の人生がそのことを物語っています。「キラ」とはスタブロの美貌の姉の名前、「キラリナ」とは「キラ」の愛称だそうです。

2010/2