りぼんの読書ノート

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隠し剣秋風抄(藤沢周平)

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姉妹編の隠し剣孤影抄に収められている8編と比較してしまうと、本書の9編は少々落ちるように思えます。もちろんそれぞれの作品は秀逸なのですが、「秘剣」といえどもマンネリ化の運命は逃れがたく、さらにマンネリ化を避けようとするために「変化」をつけようとする技巧が目に付いてしまったのです。ストーリーも、秘剣の描写も・・。

前半の6編にその傾向が目立ちました。簡単に主人公を紹介しておきます。

「酒乱剣石割り」 家老の政敵の息子を迎え撃つ、酔う程に剣技が冴える主人公。

「汚名剣双燕」 驕慢な女と成り果てたかつての思い人への幻を断ち切る主人公。

「女難剣雷切り」 醜男であっても、それなりの女運の悪さがつきまとう主人公。

「陽狂剣かげろう」 藩主の息子に許婚を奪われ、狂った真似をする主人公。

「偏屈剣蟇ノ舌」 偏屈者だからという理由で、刺客役を仰せつかる主人公。

「好色剣流水」 色欲によって堕落し、剣の精進も怠けていた主人公。

ラスト3編は再び、構想も秘剣も冴え渡ってきます。
「暗黒剣千鳥」 権力闘争の道具として使われ、謎の暗殺剣に追い詰められる主人公。暗殺者の正体が意外でした。

「孤立剣残月」 藩命による上意討ちだったのに、理不尽な仇討ちを挑まれる主人公。状況が変わってしまうと、組織の人間は冷たいものです。

「盲目剣谺返し」 味見役として盲目となり、夫のために地獄に落ちた妻を離縁する主人公。ご存知、木村拓哉主演の「武士の一分」の原作です。妻の献身が素晴らしいですね。主人公のイメージが、原作と映画で少々異なるのですが・・。

2冊17編の「隠し剣シリーズ」。中盤に少々中だるみを感じたものの、「藤沢美学」を堪能することができました。「武士の一分」を守るための「隠し剣」は蜂の一刺しに似て、それを使う時は己も死地にある。それでも秘剣を有していることで衿持を保っている、普段はうだつの上がらない下級武士たちを、身近な存在として感じられてくるのです。作者自身が「楽しんで書いた」と述べていますが、自然な高揚感も伝わってきます。

2010/2