りぼんの読書ノート

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オリンピックの身代金(奥田英朗)

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現代日本の地方における「出口なし」的な閉塞状況をやるせなく描いた無理の著者が、「高度経済成長期の日本」を舞台とすると、こうまでイメージが変わるものなんですね。本書は「読み物」として楽しめました。

書いているテーマは一緒。東京と地方、富める者と貧しき者、繁栄していく側と置き去りにされる側、時代の光と影、こういった格差の存在に対する憤り。もちろん当時のほうが陰影は鮮明だったわけですが、現在のほうが陰湿な気がします。「光」が存在するという情報も溢れていますし。でも本書を「読み物」として楽しめる一番の理由は、昭和中期を「過去の歴史」として眺めることができる、読者の側の余裕のせいかもしれません。

本書では、秋田の貧村出身の東大生・島崎が、東京オリンピックという「光」に反発して、オリンピック会場爆破予告を行ないます。彼を踏み切らせたのは、優秀な弟の進学のため東京に出稼ぎに出てきて、オリンピック関連工事の人足として働いた末に死んだ兄であり、自らも体験した劣悪な現場で働く同郷の者たちの悲惨な姿でした。

その対極にあるのが、競技会場や新幹線、首都高、モノレールなどの建設ラッシュで近代的な大都会へと変貌し、「祝福を独り占めしている」東京です。島崎の中で、東京に対して「そんな事はさせない」との暗い信念が芽生えてきます。日本中が東京オリンピック開催に興奮する中で・・。

もちろん東京オリンピックは、「世界中の青空を集めたような」晴天のもとで、盛大に、粛々と開会され、日本にとっての歴史的イベントとして大成功に終わります。国家の威信を賭けた警察の大包囲網は、刑事たちの執念によって功を奏したわけです。その裏でこんな暗闘があったことなど、国民には知らされることもなく・・。

本書を「読み物」として楽しんだ読者には、当時ははっきりと、現在はもっと陰湿な姿で途切れることなく続いている「格差」の存在を意識することが求められているのでしょう。『最悪』や『邪魔』などの他の著作は読んでいませんが、本書と『無理』とは間違いなく連続している作品です。

2009/12