りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

国境の南、太陽の西(村上春樹)

イメージ 1

ねじまき鳥クロニクルは妻が失踪したところから始まりますが、本書はその「前史」とでもいうべき作品であり、幼年から中年に至るまでの主人公の人生を丁寧に追っています。

1951年に生まれたハジメは、当時は珍しかった一人っ子であり、そのためか何かが欠落した人間と思いながら育ちました。今までにたったひとり心が通じた女性は、小学校5年生の時に転校してきた、やはり一人っ子の島村さん。2人の幼い関係は手を繋いだだけで終わりましたが、彼女のことは心の奥底にずっとしまいこまれた大切な存在になっています。

やがて主人公は有紀子という女性とめぐり合って結ばれ、2人の娘を授かります。義父の支援で開店した「ジャズを流す上品なバー」の経営も軌道に乗ったところで、島村さんと再会することになるのですが・・。

本書のテーマは「大切な人を傷つける」ことの意味を探ることのように思えます。主人公のように、誠実で平凡な人間が、どうして人を傷つけることができるのか。彼は、高校時代につきあっていた素直な女性イズミを、彼女の従姉と関係を持ったことで傷つけた過去を持ち、また今度は大切な妻・有紀子を傷つけてしまいます。

彼の場合には「誠実さが人を傷つける」のですね。彼の「誠実さ」は内向きなんです。何よりも「今の僕という存在に何らかの意味を見出す作業」に向けられているので、「自分の心」が真に求めているものが理解できていない状態では、他人に対して凶器になってしまうことがある。自らの空虚さを埋めようとする誠実な試みが、大切な人を傷つけることになるのは辛いものです。自分に対しても、自分が大切に思う人にとっても・・。

妻の「辛い思い」がどこに向かってしまうのか、主人公が「大切な人」をどのようにして取り戻すのかという物語は、次の『ねじまき鳥クロニクル』に持ち越されます。最後に妻が主人公に向かって語る「あなたはまた私を傷つけるかもしれない。今度は私があなたを傷つけるかもしれない」との言葉が、次作のテーマを示唆しているかのようです。

2009/10再読