りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

薄暮(篠田節子)

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雑誌の編集に携わる主人公は、エッセイストが旅先で触れて紹介した無名の画家の、田園を美しく輝かせる一瞬の光の描写に感銘を受けます。画家は既に亡くなっていたものの、何とかその画家を世に広めたいと画集の製作を企画した主人公が見出したのは、地元で描き続けて地元で愛された画家の姿であり、画家をサポートしていた地元の商工業主たちの郷土出身の画家に対する誇りであり、さらには生涯をかけて画家に尽くした美しい未亡人・・という「美談」でした。

ところが、いったん画集の製作にかかりはじめると「美談」は一変してしまう。無償のサポーターだったはずの郷土の商工業主たちの欲望や疑心がうごめき始めたり、それまで画家を無視していた自治体が、村おこしのために美術館を建設しようとするなんていうのは想定内。画家自身も聖人君子ではなく、不倫相手もいて妻には苦労をかけ通しだったということも、まだ理解できます。

でもわからないのは、なぜ画家の絵に優れた作品と平凡な作品があって、その中でも特に優れた作品が失われてしまっているのか。さらに未亡人が、一群の優れた絵画を「贋作」と決め付けて画集への掲載を拒絶しているのはなぜなのか。

最後に浮かび上がってきたのは、画家と妻との凄まじい愛憎関係です。一方、生涯を夫に捧げた妻にとっての亡き画家は「彼女にとってそうあるべき姿」に高められ、神格化されているかのよう。それは、狂気と紙一重の、怖ろしくも哀しい愛情なのですが、物語はそれだけでは終わりません。

篠田さん、絶好調ですね。得意とする宗教団体の美術コレクションとの関係や、画商の思惑なども盛り込んで、美術界の「闇の部分」も描いてくれました。仮想儀礼に続いてのスマッシュ・ヒットです。

2009/9