りぼんの読書ノート

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通話(ロベルト・ボラーニョ)

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2003年に50歳の若さで亡くなったチリの作家による短編集です。17歳の時にアジェンデ社会党政権の誕生を経験し、20歳の時にそれがクーデターによって転覆させられるのを目の当たりにした彼の世代は、日本でいうと全共闘世代にあたるのでしょうか。でもキーワードは「挫折」ではなく「不安と恐怖」であるところが大きな違い。彼の作品に登場する人物は、「不安と狂気」に追い詰められたあげくに、人生を棒に振ってしまったかのような物悲しさを漂わせています。

第一部「通話」では、架空の売れない作家や三流詩人たちが描かれます。亡命先のスペインで懸賞小説に応募し続ける老作家「センシニ」。レジスタンスである役割を果たしても、作家としては無名のままの「アンリ・シモン」。狂気に追われるかのようにして首を吊った三流詩人「エンリケマルティン」。一度だけ無言電話をかけた相手の女性が、やはり無言電話の常習犯ストーカーに殺害されてしまった「通話」は、ちょっと色合いが異なりますが、この主人公も作家なのでしょうか。

第二部「刑事たち」に登場するのは、犯罪者と刑事たちです。ここには「チリのピノチェト政権」や「アルゼンチンの軍事政権」だけでなく、亡命先になったスペインの「ファシズム」からも追われ、はじめは政治犯だった者たちが、やがて本当の犯罪者となっていった物語に加え、チリで弾圧に加わった刑事たちのさりげない会話が印象的。

でも一番強烈なのは、不幸な女たちを描いた第三部「アン・ムーアの人生」かもしれません。「気狂いより怖い存在は、他人を計画的に狂気へと引きずりこむ人間だ」と述懐する「ソフィア」。中年になって再会した昔の男から「挫折を重ねた末の荒んだ色が滲み出ている」と言われ、「何も真剣に求めていなかったのに何に挫折すると言うのだろう」とまで思う「クララ」。

そしてヒッピー文化に染まってアメリカやヨーロッパを転々とし、男も仕事も転々と変えてきた「アン・ムーア」は、「自分の人生がホラー映画のように思える。最初はホラーに思えないのだが、最後には観客が恐怖で叫び出すような・・」とまで言うに至るのです。なんて怖い言葉!

この作者の作品は、同じ「エクス・リブリス」シリーズから『野生の探偵たち』も予定されているとのこと。

2009/8