りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2009/7 1Q84(村上春樹)

今月の1位にあげるべき本は、言わずと知れた大ベストセラー『1Q84』しかありません。しかし、なんとまぁ、レビューを書きにくい本なのでしょう。村上春樹さんが生み出す不思議な世界では、ひとつの謎の解明は新たな謎を生み出して、読者を安直な結論に誘ってくれるということはないのです。人それぞれに、自分なりの解釈をしているはずですし、もちろん私も思うところはあるのですが、レビューを書くには、それが全くの見当外れかもしれない・・という恐怖に打ち勝たないといけないんです(笑)。

7月の読書は充実していました。旧刊ですが、クレストブックスの2冊を次点にしかできなかったほど。
1.1Q84(村上春樹)
未来については、「そうあって欲しい世界」や「そうなって欲しくない世界」を思い描きます。では、過去についてはどうなのでしょう。村上さんの描く「こうであったかもしれない世界」を読み解くことは現在を否定することではなく、現在の世界を多様で多義的なものとして捉え直すことに結びついていくように思えます。ひとりひとりの心の中にある現在の世界は、それぞれ異なった姿をとっているのでしょうから。

2.サンダカン八番娼館(山崎朋子)
日本が貧しかった明治から大正期、「からゆきさん」と呼ばれて東南アジアの娼館に身を売った女性たちがいました。貧しさゆえに身を売らねばならず、帰国してからは「恥」として身内からも忌み嫌われる二重の悲劇。近代女性史の調査の過程で知り合った、元「からゆき」のおサキさんと著者の心の触れ合いも感動的な作品です。

3.チャイルド44(トム・ロブ・スミス)
スターリン時代の末期に起きた、子どもたちの大量連続殺人事件を追う捜査官レオ。「完成された社会主義国家においては貧困が撲滅され、犯罪は消滅する」という「建前」と、「社会主義の敵には何の権利もない」という「事実」の落差が、何を生み出したのか。本書の凄みは、体制に疑問を抱いて、それまでの自分を否定せざるを得なくなった主人公が、自分と家族の「生存」のために執念で捜査を続けるという「大枠」そのものにあります。

4.夜想曲集:音楽と夕暮れをめぐる五つの物語(カズオ・イシグロ)
カズオ・イシグロさんの4年ぶりの小説は、音楽をテーマにして「叶わなかった夢」の周辺をたゆたう「男女の悲哀」を連作的に描いた、美しい短編集でした。「アメリカン・ドリーム的な成功」を人生の目標に置いてしまうと、「人生の勝者と敗者」がはっきりと区分けされてしまいそう。グローバル・スタンダードと異なる基準が必要なのは、金融資本主義の世界だけではありませんね。

5.八朔の雪(高田郁)
そのままNHKの土曜時代劇になりそうなくらいに、完成度の高い小説。江戸のお店で調理場をまかされ、大阪と江戸の味を融合させた料理を作り上げようと研鑽を重ねる少女・澪と、彼女を暖かく見守る人々が織り成すドラマに、悪役の存在や、主人公の悲惨な境遇や、意外な巡り合いなどがからんでくる、人情時代劇の王道です。



2009/8/2記