りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

チャイルド44(トム・ロブ・スミス)

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裏表紙にある「内容紹介」に勝る概略を書けませんでしたので、丸写しさせていただきます。
【上巻】スターリン体制下のソ連。国家保安省の敏腕捜査官レオ・デミドフは、あるスパイ容疑者の拘束に成功する。だが、この機に乗じた狡猾な副官の計略にはまり、妻ともども片田舎の民警へと追放される。そこで発見された惨殺体の状況は、かつて彼が事故と遺族を説得した少年の遺体に酷似していた・・。ソ連に実在した大量殺人犯に着想を得て、世界を震撼させた超新星の鮮烈なデビュー作。

【下巻】少年少女が際限なく殺されてゆく。どの遺体にも共通の「しるし」を残して・・。知的障害者、窃盗犯、レイプ犯と、国家から不要と断じられた者たちがそれぞれの容疑者として捕縛され、いとも簡単に処刑される。国家の威信とは? 組織の規律とは? 個人の尊厳とは? そして家族の絆とは? 葛藤を封じ込め、愛する者たちのすべてを危険にさらしながら、レオは真犯人に肉迫してゆく。CWA賞受賞。
旧ソ連の民警が登場する小説としては、アメリカ人作家のマーティン・クルーズ・スミスによる『ゴーリキー・パーク』がありますが、それは1977年のブレジネフ政権下の「デ・タント」時代の物語でした。それですら、事実よりもイデオロギーや政治権力によって犯罪捜査が左右される状況におぞましさを覚えたものですが、本書の舞台となっているのは、1953年、スターリン体制下のソ連です。「国家権力の横暴」の度合いは比較になりません。

とにかく、「完成された社会主義国家においては貧困が撲滅され、犯罪は消滅する」という「建前」と、「社会主義の敵には何の権利もない」という「事実」の落差が怖ろしいのです。何をもって「社会主義の敵」と見なされるかは、最高権力者であるスターリンの意向はもとより、社会の各階層に存在している「小さな権力者たち」の恣意的な判断によるわけで、一般人にとっては権力の行使者そのものである国家保安省の捜査官といえども、その上位者からは簡単に標的となってしまう。

本書の凄さは、このシステムに疑問を抱いてしまって、それまでの自分を自ら否定せざるを得なくなった主人公が、「信念」にしがみついて、自分と家族の「生存」のために執念で捜査を続けるという「大枠」にあります。スターリン時代のソ連に生きるということがそれ自体、妻や家族すらも信用できない、心理サスペンスやサイコスリラーの世界なのですから、悪夢としか言いようがありません。

捜査官レオと犯人とが凄まじい因縁で結ばれていたことは、少々リアリティを欠く感もありますが、このくらいの因縁がないと「物語の大枠」の凄さとバランスがとれないのでしょう。事件を解決したレオとライーサの「処遇」についても、とくに違和感はありません。「スターリン死後」には何だってありえたようにも思えますので。

2009/7読了