りぼんの読書ノート

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夜想曲集:音楽と夕暮れをめぐる五つの物語(カズオ・イシグロ)

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カズオ・イシグロさんが、わたしを離さないで以来4年ぶりに書き下ろした小説は、音楽をテーマにして「叶わなかった夢」の周辺をたゆたう「男女の悲哀」を連作的に描いた、美しい短編集でした。

「老歌手」
ベネチアのカフェで演奏するギタリストが受けた、アメリカのベテランシンガーからの依頼は、彼が長年連れ添って、今も愛し合いながらも「音楽的にカムバックするために」別れることにした妻へのプレゼントでした。

「降っても晴れても」
海外での英会話学校の講師という安月給で明日をもしれない仕事に甘んじている主人公が、経済的に成功している学生時代の友人から、夫婦の危機を打ち明けられます。友人の妻となった女性とは、かつて音楽の趣味を共有していたのですが・・。

「モールバンヒルズ」
夏の間を田舎の姉夫婦のカフェで過ごす事にした、シンガーソングライターを目指す学生が、旅行中の中年の音楽家夫婦と出会います。年とともに怒りっぽくなってきたことを自覚している音楽家の妻は、何事にも満足する性格の夫にも怒りをぶつけますが、音楽への情熱が成功に結びつかない将来に気づき始めていた学生はとまどいます。

夜想曲
才能はあるものの「冴えない顔」のせいで売れないでいるサックス奏者の主人公が、彼から別れる妻からのプレゼントで整形手術に踏み切りますが、病院で出会ったのは「老歌手」のシンガーと離婚した女性でした。才能と容姿が揃えば成功するのか、「成功」とは何なのか・・という疑問を主人公は抱くのですが、それはここまでの4編を読んだ読者も一緒です。

チェリスト
チェロの大家と名乗るアメリカ人女性と出会った、カフェで演奏する若いチェリストは、彼女から充実したレッスンを受けて、より大きな都会へと向かったのですが・・。アメリカ人女性の「正体」には、もはや笑えません。


アメリカでの「成功者」と出会う、旧東欧出身の音楽家の物語が2つあります。どちらの作品でも、主人公の現在の境遇がイタリアのカフェでの演奏家というのは、偶然ではないのでしょう。夢を見るのにも、夢を諦めるのにも、あるいは夢が部分的に叶えられた場所としても、イタリアのカフェという中途半端さは、ふさわしそうです。

アメリカン・ドリーム的な成功」を人生の目標に置いてしまうと、「人生の勝者と敗者」がはっきりと区分けされてしまいそう。別の基準が必要なのは、金融資本主義の世界だけではありませんね。

2009/7読了