全体を俯瞰した時に見えてくるのは、個々の事件に対しては冴え渡る推理を働かせる元南町奉行の駒井相模守や、痛快な働きを示す元同心の千羽兵四郎らも、西南戦争へと向かう時代の前ではやはり無力な存在にすぎなかったという、深い諦観です。九州へと赴く警視庁抜刀隊が銀座煉瓦街を行進するさまを見送る駒井相模守の思いが、太平洋戦争を生き抜いた著者が抱いたであろう無力感と重なって見えてくるのです。
下巻には次の9編が収められています。
痴女の用心棒:広沢参議暗殺事件の容疑者となった愛妾を助けるために、黒田と井上に対する川路の複雑な思いを利用した駒井でしたが・・
痴女の用心棒:広沢参議暗殺事件の容疑者となった愛妾を助けるために、黒田と井上に対する川路の複雑な思いを利用した駒井でしたが・・
春愁雁のゆくえ:森林太郎少年が淡い恋心を抱いた町娘が、横暴な巡査の手にかかって・・
妖恋高橋お伝:稀代の毒婦との名を残したお伝と、後の大久保暗殺犯との不思議な関わり。
東京神風連:熊本の神風連と呼応した東京神風連の決起を瓦解させた川路の深謀。
吉五郎流恨録:駒井らを助けてきたスリの吉五郎の過去。彼が遠島先でも守り抜いたのは伝馬町の牢で書き残された、吉田松陰の遺書だったのです。
川路大警視:敬愛する西郷を暴発させるための、川路の恐るべき深慮遠謀がついに明らかに・・
泣く子も黙る抜刀隊:川路と駒井がついに直接対決。知恵比べに買ったのは駒井なのですが・・
フランス革命、ナポレオン時代、王政復古との激変期をすべて裏切りに世って生き延びたフーシェにも例えられる川路利長。彼の信念と策謀の凄まじさが、時代を作った要であったことは間違いないものであり、それは「大きな物語」なのですが、あくまでも弱者の視点に立った著者のまなざしが、本書の魅力です。
2009/4