りぼんの読書ノート

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雲を掴め―富士通・IBM秘密交渉(伊集院丈)

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1980年代、日本のコンピュータ産業が巨人IBMを追撃していた最中のこと、富士通と日立がIBMのソースコードを盗んだと訴えられた事件が起きていました。当時のコンピュータ産業は「IBM互換製品」をIBMより安価に売ることによってIBMの顧客を奪い取ることで成り立っていたので、もしもこの交渉で敗れていたら日本のコンピュータ産業が壊滅していたかもしれない衝撃的な事件だったとのこと。

本書は、富士通で実際の紛争当事者だった著者が、交渉経緯を小説化したもので、仮名が使われているものの、小説というより「プロジェクトX」のような内容ですね。本書のポイントは、ズバリ「交渉」です。いかにして自分の主張を認めさせ、どこまで相手に譲歩するか、「交渉術」を駆使して世界のIBMと丁々発止とやりあう過程は迫力ありますが、何の材料もなく交渉できるものでもありません。

IBMの泣き所は「アメリカの独禁法」と「既に互換を認めていたハードウェア」と「当時まだ未整備だった日本の法律」。著作権法など成立していなかった時代です。一方の富士通サイドは、「互換ソフト」を作製するためにIBMソフトを好き放題にコピーしまくっていたようです。しかも、国の補助金を使って、IBM退職社員が設立した会社に投資するという方法で・・。当時の富士通が「現在の中国企業」に思えて仕方ありませんでした(笑)。

ですから、「互換ソフトビジネスからの事実上の撤退」を声高に求めてきたIBMとも妥協が成立する余地があった訳ですが、この本を読む限り、この件のポイントはどうも、知的財産権の侵害事実の有無を争ったというものではなく、侵害があったことを前提に「ライセンス権」として巨額の損害賠償金を支払い、さらに「海外市場の棲み分け」を定めたもののようです。(後者は今なら立派な独禁法違反です^^;)

メインフレーム市場はその後サーバーやパソコンに押されて衰退し、この和解のビジネス的重要性はなくなってしまいましたが、ソフトウェアを「世界標準」とする際どこまでオープンにするかという問題は、現在のマイクロソフトやグーグルの戦略でも難しいところのようです。

テーマは面白かったのですが、本書の焦点は「交渉術」であり、登場人物のキャラも立っていなかったので、小説としての出来栄えはどうだったか・・。実在の日本のサラリーマンに「キャラ立ち」まで期待するほうが無理でしょうけどね。

2009/2