りぼんの読書ノート

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幕末あどれさん(松井今朝子)

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「あどれさん」とは、フランス語の「adolescents」で、「若者たち」のことだそうです。先に読んでしまった本書の続編銀座開化おもかげ草紙は、若くして世捨て人的な主人公の久保田宗八郎が、新政府高官の横暴に直面して反抗の炎を再び心に灯すまでの物語でしたが、本書では、彼がなぜそうなってしまったのかが描かれています。

黒船到来によって時代の波は大きくうねり、幕府そのものを瓦解させるに至るのですが、江戸の旗本たちにとっては「大政奉還」から「鳥羽伏見の敗戦」という最後の瞬間までは、時代の潮流が見えることはなかったのでしょう。

旗本の次男坊に生まれた久保田宗八郎は、講武所に通って武道の腕前をあげて士官の道を求める生活に嫌気が差し、なんと芝居の立作者に弟子入りしてしまいます。彼が経験した「幕末」とは、世間が物情騒然としてくる中での芝居興行への取締りの変化にすぎません。彼の若い心を悩ませていたのは、兄嫁への許されない思いでしかありませんでした。

宗八郎と対照的にじたばたと動いたのが、やはり旗本の次男であった片瀬源之介です。養子先も決まり安定した生活が約束されていたはずが、幕府の軍制が変わって義父は免職。彼自身、自らの実力で名をあげたいという功名心と徳川家への忠誠心から、日本初の陸軍に加わります。ただ彼も、長州征伐で幕府が勝てないなどとは思ってもいませんでした。はやる気持ちとは裏腹に、彼の部隊は一戦も交えることのないまま幕府は崩壊。源之介らは決戦を求めて北に向かいますが、もはや勝ち目はありません。

幕末の大変動の中で、限られた情報と意志だけで突き進んで行く若者たちが、時流に乗れるはずもありません。武士を捨てたはずの宗八郎ですら、身体に染みこんだ侍の意地や自負と折り合いをつけられずに、決して「賢くはない」行動をとってしまうのです。

激動の時代に生きざるを得なかった多感な青年たちを見守る、著者のまなざしは優しい。同じ人物が登場するものの、続編とは全く違う、これだけで独立した小説となっています。続編との違いは、登場人物が年を重ねたせいなのか、時代背景の変化なのか、それとも、著者が「売れる小説の書き方」を身に着けたせいなのか(笑)。

2008/1