著者は「SFでもファンタジーでもない」と言ってますし、全然不思議な場面もないのですが、それでもやっぱり、これは現実世界を舞台にした物語とは思えません。
賀来野市(架空の市?)に現れた、1人の女性を中心とした物語。彼女の名前は詩羽。この6年もの間、お金も持たず住む場所もないのに、他人同士を結びつけ双方に幸福をもたらすことによって、皆から感謝されることで生きている女性。
どこかで足りないものが、ある所では余っている。誰かが持っている能力を、別の誰かが必要としている。漫画家志望の学生を、良心的な自費出版編集者に引き合わせ、家庭菜園で収穫しすぎた野菜を、低コストで運営している食堂に届け、詩羽を媒介とするネットワークは、街中に広がっていきます。彼女自身はそのお礼として、食事をごちそうになり宿泊を提供してもらうのです。
それだけではありません。彼女の「おせっかい」は、世間の悪意に絶望して自殺を図る中学生に生きる力を蘇らせ、世間に悪意を撒き散らすことを生きがいにしているような者にまで手をさしのべて、市のイベントまでも盛り上げてしまいます。
「おせっかい」と言いましたが、ちょっとした意識の変化や努力やアイデアや工夫が、他者と共存したほうが結果的に自分の利益にもなることを自然に提示するだけのこと。決しておしつけがましいものではない点がポイント。コミュニケーションが全てなのです。そこにあるのは、意見の違うものを許容できずに排除していったら世界には誰もいなくなるというメッセージにほかなりません。
オスメント君が主演した映画「ペイ・フォワード」を思い出しました。人から受けた親切を、別の人にお返しすることが世界を変えるというメッセージの映画。オスメント君の演じた少年には、悲劇が起きてしまったのですが・・。
2008/11