りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ガラテイア2.2(リチャード・パワーズ)

イメージ 1

タイトルの「ガラテイア」とは、ギリシャ神話に登場する女性像のこと。自らが作った彫像に恋焦がれるピグマリオンの祈りを聞き届けたアフロディテによって、彫像は人間となってピュグマリオンと結ばれるという物語。

本書のメインプロットは、小説家である「リチャード」による人工知能へレンへの文学教育。神経学者レンツに強引に依頼され、ネットワークを連動させた神経組織を持つAIに言葉を教え、難解な修士試験に合格させるというプロジェクトに参加させられてしまいます。

サブプロットとして描かれるのは、リチャード自身の過去の恋愛と、現在進行形の新しい恋心。それと、「南へ向かう列車を思い描いてほしい」という書き出しだけ決まっていて全然進まない次の作品に対する、もどかしい思い。

ところが、AIを教育していく過程で、物語の主従は逆転していくのです。自分の名前や性別、人種、存在意義を教えて欲しいと言うAIの相手をしているうちに、リチャード自身も言葉の意味を再構成していく必要を感じて、自問自答を繰り返さざるを得なくなっていきます。

この小説は、AIの構造や理論的問題については深く掘り下げている訳ではありません。そもそも、ここで目標とされているのは人格とか個性ではなく、論理的な「会話」ができる機械にすぎないのです。それでも、「世界」を把握することがなんと難しいことか。しかも、ヘレンはそれを身体感覚の助けなしで行なわなければならないのです。

問いと答え。正しい問いと誤った答え。問いの意味を誤って理解した答え・・。「会話」が成り立つための条件とは、なんと複雑なことか。それは、人と機械の関係のみならず、人と人の関係でも同じこと。さらには、「会話」を「愛」に置き換えても同じことが言えるのでしょう。

レンツが企画を考えついた理由だって、彼の個人的事情を知らないと理解できませんでした。「南へ向かう列車」というフレーズが、どうして記憶の底に埋められてしまっていたのか。リチャードがヘレンに擬似人格を感じたのは、過去の恋愛の投影というだけではありません。彼の自問自答は、過去の恋人との関係にも、過去に生み出した小説にも及んでいきます。

複雑で重層的な物語ですが、2つのプロットが融合されるときに訪れるのは深い感動です。リチャードに対するヘレンの最後の言葉が、かつての恋人Cと同じ言葉だったとは・・。本質的な読書の喜びを感じさせてくれる、とってもいい作品です。

2008/11/22読了