りぼんの読書ノート

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血液と石鹸(リン・ディン)

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ベトナム人の著者は、サイゴン陥落とともにアメリカに移住し、現在はまたベトナムに戻っているそうです。途中、イタリアに滞在していたこともあって、本書はイタリアで書かれた作品が中心の短編集。

1冊の本に納められている短編の数は、なんと37作品! 1ページにも満たないショート・ショートもあったりして、どれも短い作品ばかりなのです。どれもわかりやすくてコミカルなのですが、読み返すと(短いので簡単に読み返せます^^)、わかりにくいシニカルな作品に思えてくる、不思議な作風。

「外国語」をテーマにした一連の作品は、著者が「移民」ということを思い出させてくれます。牢獄で何語かさえ不明な辞書を見つけ、想像だけで全く不思議な言語体系を作り上げてしまい、その結果、本来の言語体系(すなわち世界認識能力)を失ってしまった男の話(囚人と辞書)。

たった一言、理解できない「!」という外国語を叫んだために、英語ができる神童と祭り上げられ、でたらめな英語を教え続ける教師となった男の話。()←タイトルです

アパートの隣人が夜中に叫び続ける奇怪な台詞の正体は、新聞を音読するという不思議で独特な外国語学習法だったという話。(自殺か他殺か?

中でも私が一番にんまりしたのは、パリの地下鉄で出会ったうらぶれたベトナム人が亡命中の元ベトナム国王と気づいて悲哀を感じた男の物語。何年もたった後で彼は、あの時に出会ったのは若き日のホーチミンだったと気づくというのですから・・。盛期を過ぎた亡命国王とこれから世に出る亡命革命家が、同じうらぶれた雰囲気というあたり、独特のユーモア感覚。

アメリカも、ベトナムも、イタリアさえも、コミカルなシニカルさの中に飲み込んでしまうというのは、パワフルですね。ただ、この種の本は何冊も読めるものではありません。こういうことを四六時中考えていること自体、狂気と紙一重のような気もしてきます。タイトルの『血液と石鹸』は、実在しない15本の映画の論評に登場する、1つの映画です。

2008/11