りぼんの読書ノート

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永遠を背負う男(ジャネット・ウィンターソン)

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角川書店から刊行されている「新・世界の神話」シリーズの一冊。ジャネット・ウィンターソンによる「アトラス」神話です。もちろん、彼女自身の解釈であり、彼女の自伝的なエピソードまで絡ませた創作です。

オリュンポスの戦いでゼウスに敗れて「世界」を支える過酷な罰を与えられたアトラスと英雄ヘラクレスは、12の冒険のひとつである「ヘスペリデスの黄金の林檎」のエピソードで出会います。アトラスの娘であるヘスペリデスのニンフたちから林檎を持ち帰るには、アトラス自身に行ってもらわねばならず、その間、ヘラクレスが「世界」を支えたという物語。一瞬の自由を得たアトラスに再び「世界」を担わせるために、ヘラクレスは姦計を用いたとされますが、アトラスは単純に騙されただけなのか・・というのが作者の視点です。

「世界」を支えることは重荷なのか。重荷を放り投げたら、自分は、世界は、変わるのか。本当は、いつ放り投げてもかまわないものではなかったのか。それを支え続けることの意味は何なのか。かつて厳格な宗教家の家庭という重みを投げ捨てて、セクシャルマイノリティーであることを公言した著者が、アトラスの思いに迫ります。作品の中に寓話的な世界を取り入れることを得意としている作者が、この作品では逆に、神話の中に自伝的なエピソードを絡めていきます。

アトラスが、宇宙に放り出されたライカ犬とともに神話の中に去っていくラストは綺麗です。

2009/9


【追記】関心ある人のために、このシリーズを紹介しておきます。

~『世界の神話』シリーズの誕生~角川書店のホームページから)
最初の思いつきは、1999年の春。シリーズのアイデアは、キャノンゲイト社のジェイミー・ビングから生まれた。神話シリーズの創刊は壮大なイベントだ。6年の歳月と努力、そしてすべての想いが成就する。皆の力が結集したまさにヘラクレス的なプロジェクトで、いよいよ打ち上げ目前、僕たちはますますエキサイトしている。このアイディアはまず、世界中のトップクラスの作家たちに依頼することから始まった。どんなものでも、どんな方法でもいい、神話を語り直してほしい。そして彼らの手による神話を、世界中で出版したい、と。すでに素晴らしい作家陣、そして24の優れた出版社が名を連ねてくれている。そして今、それぞれが世界同時刊行に向けて邁進中だ。僕たちの知る限り、前代未聞のスケールで。(Jamie Byng)
角川書店の計算によれば、シリーズ100番目の神話は2038年の3月に刊行予定とのこと!

【既刊】
1.神話がわたしたちに語ること(カレン・アームストロング)2005/11 神話の誕生と変遷を語る、シリーズのガイド的な一冊
2.ペネロピアマーガレット・アトウッド)2005/11 オデュッセウス貞淑な妻とされるペネロペイアの真実
3.永遠を背負う男(ジャネット・ウィンターソン)2005/11 本書です
4.ライオンの蜂蜜(ディビッド・グロスマン)2006/7 イスラエル作家がサムソン伝説を問い直します
5.恐怖の兜(ヴィクトル・ペレーヴィン)2006/11 ロシア作家によるミノタウロス迷宮物語
6.碧奴(蘇童)2008/3 中国で2000年にわたり語り継がれた「孟姜女伝説」の悲劇